(2)

「ここまでする必要あるのか?竜崎……」
「私だってしたくてしてる訳じゃありません」
手首に嵌った鈍色に光る輪。これはただの約束に過ぎない。夜神月が私の獲物だという、単なるマーキングだ。
 これからありとあらゆる手段で、私は彼を籠絡する。私と生活を共にし、私を意識せずに居られなくする。それがプラスの物でもマイナスの物でも構わない。やがて彼は自覚する。私無しでは生きられないと。その為なら何でもするつもりだ。言葉通り何でも、だ。有効と見られるならば、言葉でも身体でも何でも使おう。欲しい物を手に入れる為なら造作も無い事だ。
 弥や相沢がなにやら騒いでいるが、意識にも上らない。夜神が特別と宣言するなら別だが、最初から弥など眼中にもない。夜神の声以上に拾うものなどこの世界には存在しないのだから、彼の事以外には脳細胞ひとつ使う気にはなれない。
 弥は私にとっては便利なカムフラージュだ。彼にとってはある意味アキレス腱かもしれないが、こちらとしては好都合。もうとっくに決着の着いている事件を、あたかも捜査しているように見せられる。彼を完全に手に入れるまでの時間稼ぎが欲しかった私としては、こんなに便利な物は無い。
勿論現在続いているキラの裁きは食いとめて見せるが、本当の脅威は彼の様な天才が力を持つことであって、凡人相手なら然程でもない。早晩私なり彼なりが現キラに辿りつき、ノートを取りあげる事だろう。
「竜崎。何日かおきにホテルを転々とするこの今の体制、なんとか変えられないのか?」
夜神が提案をする。
 なんとも愉快だ。こんなに自分の都合のいいように話が進むことなどそうそう無い。
「はい。私もずっとそうしたいと考えてました」
モニタに建設中のビルを映し出す。彼の為に設えた、彼だけの為の大きな檻。入ったが最後、二度とお前はここから抜け出す事は出来ないのだ。私と繋がった左手だけでなく、見えない糸でそのしなやかな四肢を私に縛り付けてやろう。望んで籠に囚われろ。私に溺れ、朽ち果てるまで離しはしない。

 私室の大きなベッドに二人、縺れるようにして眠りに着く。彼の繊細な指が愛おしそうに私をなぞる。
 彼の執着が私に向く。かつてノートを繰ったその指が、あっけない程簡単に私だけのものになる。私を殺したいと願う想いの強さで、私は彼を我が物にする。憎しみという執着はくるりと反転し、断ち切れない愛情に姿を変える。
「ん、竜崎。こっち向いて」
私の顎に手をかけてくちづけを強請る、彼の幼子の様な独占欲に満足する。
私を見つめる綺麗な瞳に、どろりと凝ったその欲が愛おしい。ひりつく渇望を蜜の様な唾液で癒し、互いに注ぎ合い、無様に癒着した傷口のように、熱い唇から繋がりたい。
私とお前はコインの表裏。鏡の向こうとこちら。対を成して、どこまでも分かち難い。これが本来の姿なのだ。一度納まってしまえばもう他では満足できない。
もう解っている。互いにどこにも行けない。
どれだけ身体を繋げても一つには決してなれないから、だから私たちは溶けるまで求めあう。血液と体液を混ぜ合わせ、決して訪れない融合という終わりを夢見て奪い合う。
黒い死神がゲタゲタと笑う。死神に憑かれた人間は不幸になる、と高らかに言う。
私たちは不幸なのだろうか。
逃れる事の出来ない互いという檻の中に望んで互いに囚われ合い、新しい世界と新鮮な空気に触れるのを拒み、閉鎖空間でどろどろに膿み腐っていく。
私たちは広がる事を望まない。完璧に完結した充足の中で、ぐるぐると循環する。それはこの上なく甘美であり、かつて一人であった頃には知る事も無かった幸福感に満ちている。
私はこれ以上を望まない。彼以外に欲しい物など何一つ無い。夜神月は、私にとって完全であり唯一だ。そして彼にとっての私もまた。
「なんだか竜崎楽しそうだけど」
目合いながら、密やかに私たちは言葉を交わす。
「はい、楽しいです」
月くんが居るから、と囁いて彼の耳朶を噛む。彼が無邪気な顔で嬉しそうに笑う。嗚呼、もうお前は私の物だ。私だけの物だ。誰にも渡さない。
「月くんは私のものです」
「竜崎も僕のものだよ」
甘い睦言に、口角が吊り上がる。
 これでいい。これでいい。計画通り。計算通り。
私を貫く腰に足を絡め、うっとりと笑う。
「逃がしません」
細めた彼の琥珀の目に、私の闇色の目が映る。
 そう、私たちは互いの他に何もいらない。


彼と共に漸く辿り着いた火口確保のヘリの中、ワタリにちらりと目配せする。
「構わないので?」
ワタリは私に確認した。
「ああ、構わない。もう二度とキラは現れない」
かしこまりましたと慇懃に頭を下げ、彼が愛用のライフルを構える。
 スモーク貼りのパトカーに行く手を阻まれたポルシェが、高速を逆行しこちらに向かってくる。
 隙間を縫うように滑ってきたポルシェに、すれ違いざまワタリのライフルがくぐもった轟音を上げる。
隣に並ぶ夜神が目を丸くするのを認め、私はまた一人笑顔を禁じえなかった。ニタリと薄暗い笑みが浮かぶのを、夜神は驚きと共に見つめたのだろう。
爆音と共にポルシェは横滑りにギュルギュルと回転し、炎の柱を上げて大破した。飛散したガソリンに火が燃え移り、あたりは紅蓮の海になった。勿論ノートは跡かたも無く燃え尽きる。これでいい。何もかも思い通りだ。
「……竜崎、これじゃぁ」
夜神が呆然としながら私に問いかける。
「火口は顔だけで殺せるキラです。これくらい当然です」
燃やしたかったのは火口ではなくノートだ。リュークの話を信じるならば、火口のノートに触れば夜神はキラに戻る。何としても触れさせたくなかった。無茶苦茶を言っている自覚はある。火口ごと燃やす必要も無い。けれど、どうしてもノートを処分したかった。突っかかって来るかと思っていた夜神だが、僅かに沈黙しただけで軽く頷き、後は何も言わなかった。
さあ、あともう少し。私は、お前の何もかもを手に入れる。






back / next