(3)
捜査本部に戻って、捜査員と今後の方針を少し話す。無論キレ者など夜神以外にはワタリ位しかいない。ワタリは結局私の味方だ。ワタリには追々全て話すつもりだが、「火口がキラ」以上の真相を、ここの捜査員にするつもりは毛頭無かった。でなければ夜神月を私の物に出来なくなってしまう。当然夜神を司法の手に引き渡すつもりなど更々なかったから、火口=キラは誰にとっても都合が良い。
全ての段取りを終えて発せられた「夜神と弥は無実」という相沢の言葉に、私は白々しくしおれて見せる。皆口々に賛同する。だから無能などと言われるのが解らないのか。私には好都合だが。
「今まで、申し訳ありませんでした……」
夜神を疑った事、弥を疑った事。私は何一つ間違ってはいない。何もかも、私の睨んだ通りだった。
しかし、まだ疑惑を持っている様に見せかけながら、渋々手錠を外す方が私らしい。皆の前で外すのは反対者へのパフォーマンスだ。
欲しいのは真犯人でもキラの首でもない。だからこんな演技は何でもない。捜査員の信用や批難など、私は蚊ほども感じない。私は昔から自分のしたいようにしかしてこなかった。犯罪捜査だって己の満足の為だ。パズルを解く快感、難問を砕く充足、ただそれだけで量刑などどうでもいい。犯人の処遇など興味の欠片も無い。
こと今回に関しては尚更だ。キラなどどうでもいい。再発しなければ責任は全うしたも同然だ。後は私の好きにさせてもらう。
私は私の全てを手に入れるのだ。
夜神月。
――――私の全て、だ。
「キラ事件が解決した以上、私はここにいる必要もありません。月くんと一緒に居た時間は思いのほか楽しかったです。貴方には不便をおかけしましたが……私には一生の思い出に……」
俯いて言葉を区切る。夜神はきちんと解っている。これは網だ。手錠の跡をさすっていた夜神が、僅かに息を飲むのが聞こえた。
「疑いが晴れて良かったよ。けど、竜崎、こんなビルを建てて置いてその、日本には留まらないのか?」
おずおずと聞いてくる夜神に微笑みかける。
「月くんが使いたいのでしたら貴方のパスコードは生かしておきます。好きに出入りして下さい。貴方にならマシンのメンテナンスをお願いできますから。此処は今後の拠点として使う可能性もありますが事件は日本で起きるとも限りませんし、多分海外に移ると思います。各地にセーフハウスがありますので」
一旦区切る。
「ただ、此処を手放したり壊したりすることは無いと思います。此処は私にとって……思い出の場所ですから」
貴方との……。言外に滲ませる。
ああ、飛んだ茶番だ。こんな言葉を紡がなくとも、私たちは解っているはずだ。もう互い以外に欲しい物など何もないと。こんな言葉の羅列、頭でっかちでプライドばかり高い私たちへの免罪符だ。
さあ、囚われろ。跪け。私だけだと手を伸ばせ。
「月くんとの捜査はとても充実していました。貴方ほどの人と一緒に出来て幸運だった。ヨツバに注目したのも月くんでしたし、今回の功労者は紛れもなく貴方です」
夜神も私も解っている。徐々に導かれるレールを、気付いていて修正などしない。
「また一緒に事件にあたりたいですね、いずれ貴方の望む警視庁」
「竜崎、僕はもう警察には行かない」
「月?!」
「……」
総一郎が目を剥く。私は言葉を切る。
嗚呼、夜神月。お前はどこまでも私好みだ。
「竜崎、お前がとんでもない特権階級なのは知っている。僕なんか居ても足手まといかもしれない。けど、お前と一緒に居て、僕は初めて息をしたような気がしたんだ。……迷惑を承知で頼むよ。何でもする。僕を使ってくれないか?」
「……月くん……」
歓喜に胸が痛い。お前が何でもすると言うならば、私こそ何でもして見せよう。
「私と、一緒に?」
「そうだ」
「月!」
総一郎が慌てる。しかし最早なんの効果も無い。私たちは今互いの事しか眼中にない。
「……何処にでも来られますか?秘密だらけになりますよ?自由に外にも出られない。結婚なんてもってのほかですし、家庭を作る事も子供を設ける事も望めない。住む場所さえ意のままになりません。場合によっては生きる死ぬさえも。構いませんか?」
覚悟を見せろと挑む私に、事も無く言い放つ。
「お前が居ればそれでいいよ」
嗚呼、なんて事だ。私は今笑っていないだろうか。正しく戸惑った表情を作るのに成功しているだろうか。
「月、何を言っている。我儘を言うな。竜崎に迷惑だし、大体家はどうするんだ。母さんも粧裕も居るのに」
「悪いけど父さん、やっと見つけたんだ」
言い募る父など歯牙にもかけない。
待ち受けていたはずの言葉なのに、喜びに膝が崩れそうになる。それでこそ私の見込んだ男だ。
「僕は竜崎と一緒に行きたいんだ。何を犠牲にしてもいい」
「馬鹿を言え!竜崎もこんな子供の言う事など真に受けたりしないでしょうな。月はまだ十八なんだ。火口を止められたからと言って良い気になって、こんな一時の感情で……!」
激昂する総一郎を遮る。
「月くんはもう子供じゃありませんよ、夜神さん。それに、月くんが承知してくれさえすれば、本当は私からお願いするつもりでした」
無理だと思って、と呟く私に夜神が喜色を露わにする。あとは駄目押しだ。
「……それにもし月くんが望むなら、日本に、このビルに、今日からでも拠点を移して構いません。ご家族との面会位は叶うでしょう。――――出来るか、ワタリ」
『竜崎がそうされたいのなら』
モニタの向こうから間髪いれずにワタリが返す。総一郎が呻いた。
これで全ては整った。
……最後に誓え、私の為に。他ならぬお前の意志でもって。
「月くん。これから一生、私と共に生きますか?」
違えれば最期、お前の名をノートに書こう。そして隣に私の名を並べて記そう。
差しのべた私の手を、美しい彼がそっと取る。またとない美貌に微笑を浮かべ、
「どこまでも」
と彼が言った。
私はこれまでした事の無い会心の笑みを乗せ、彼の手を強く握った。
――――手に入れた。
夜神月、お前を。
世界を震撼させた稀代の殺人鬼、キラを。
誰にも邪魔はさせない。彼は私だけのものだ。誰にも渡さない。閉じ込めて離すまい。私から逃れる事は最早永劫に叶わない。生も死も、身も心も私だけのものだ。
約束を違うなら、黒いノートで全てを終わらせてやろう。彼と私もろともに。
ノートを咎人の名前で埋め尽くした彼の未来も、彼と私の名だけを記した私の未来も、等しく行きつく先は「無」だ。
死んで尚離すつもりなどない。私たちは何処までも追い、追われ続けるのだ。
完全無欠の一対として、ぐるぐると循環し続ける。
ずっと昔から欲しくて欲しくて、しかしその正体にすら気付けなかった物を私は漸く手に入れた。
それを持っていたのも、気付かせてくれたのも彼だ。
ありとあらゆる感情を伴い、色を帯びて私の世界を照らした。
何一つ正しい物など無くて、全てが罪で、何もかもを裏切っても構わない。
私の生の中で、意味のあるものなど彼だけだ。
かつて長い事繋がれて過ごした私室で二人で目覚め、毎晩の情事の跡を引き摺りつつも午前中からモニタルームに仕事に向かう。勤勉な夜神の習性だ。
キラ事件の間断っていた他の依頼を徐々に受けるようになっていたし、ワタリは以前にもまして精力的に私好みの仕事を見つけてくる。夜神のサポートが期待以上で思いのほか仕事が捗るのも嬉しいし、夜神が何でもやりたがるので昔ほど依頼を選り好みしなくなったのも、窓口であるワタリとしては気が楽な様だ。おまけに歳を重ねても全く変化の無い私の我儘に、ワタリでなく夜神が応えるようになったので負担が減って助かると言っていた。手製の菓子だけは、砂糖を減らそうとする夜神のよりもワタリの方が美味しいが。
けれどワタリが少しでも楽になるのは、私としても歓迎だった。長年遣えてくれている親同然の彼に、少しは孝行がしたい。
夜神と並んで仕事をする現状に満足の笑みをこぼしていると、籠いっぱいの林檎を持って入ってきたワタリと目が合った。
ワタリが空中にちらりと視線を流す。夜神の前で食べないように、黒い死神に注意しているのだろう。そのあたりは、ワタリも死神も心得ている。
籠いっぱいの赤い林檎を眺めつつ、夜神がぼそりと呟く。
「林檎好きなヤツって結構いるよな。僕の知り合いにも林檎に目が無い奴が居た気がするんだ。覚えてないけどさ。林檎林檎って言ってた気がする」
笑いながら、まぁお前ほどじゃないか、と私の髪をぐしゃぐしゃ撫でる。
「日本の林檎は美味しいですから」
私も笑って応える。
ノート本体に触れさせる気は無いが、いずれ夜神にも切れ端に触れさせ、死神と殺人の力についてなら語ってやってもいい。こちらのノートでは、夜神の記憶は戻る事は無い。
火口の車を爆破した時は何も言わなかったが、夜神は私のあの措置に疑問を抱いているのは間違いない。聡い彼はきっと私の何かに気付いたのだろう。
心から話そうと思える日が来たら、彼のかつての相棒に会わせてやらなくもない。リュークには色々緘口令を布かねばならないが、心おきなく林檎を食えるとなれば面倒でも取引するだろう。
手を伸ばして艶めく果実を弄ぶ夜神を眺めつつ、誰にも気づかれないように、引き出しの中の黒いノートの表紙をそっと撫でた。
end
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