主夫ノート







夜神月、二十八歳。現在警察官として働きながらも、竜崎という可愛い嫁をゲットして幸せに暮らしている。
しかし竜崎……これが本当に何もしない嫁で……。家事は一切出来ないし、買い物一つ満足に出来ない。
だから非番の日は僕が買い物を担当して、というか家事全般をこなして生活をしている。
竜崎は一般に駄目嫁かもしれないけれど、僕に不満は全くない。偶には教育して一人の時でも元気で生活してもらいたいから教えてみたりはするけれど、基本的に僕がやるのに負担なんぞこれっぽっちもない。

この生活を始めたのは僕が二十二歳の時。
大学を主席で卒業してからめでたく入庁を果たした僕は、七歳年上の世界的探偵、竜崎にプロポーズした。最初は本気にされなかったけれど、熱心に口説いて口説いて、半年後にはゴールインした。ああ、あの結婚式の日は感動的だったなぁ……。なんて、今でも感慨深く思えるほどに僕は幸せだ。
それから現在まで、この生活は恙無く続いている。竜崎の生活能力はもしかしたらほんのちょっぴりくらいは上がったかもしれない。と思うのは自己満足かな。
毎日どんなに疲れていても料理には手を抜かないし、休みの日には洗濯から掃除から、なんでもやっている。
その甲斐あってか、昔は甘味しか口にしなかった竜崎も、僕の料理を美味しいと言って食べてくれるようになった。僕のやる気は俄然アップだ。
特に僕の気に入りは買い物だ。これがスリリングでなかなかいい。ゲーム感覚でもあるし、本気になれる趣味みたいなものだ。
いつか竜崎と一緒に買物をしてみたいな……などと妄想はするけれど、主夫の買い物は戦争だ。こんな戦いに竜崎を参戦させたところで戦力にも何にもならないのは目に見えているから、竜崎との買い物はデートの時だけにしようと思ってもいる。


さて、今日は非番の日。月曜の特売が何件かある。
今日は食品とドラッグストアがメインだ。
スーパーで野菜をしこたま買う、なんて愚かな真似は僕はしない。新鮮かつ安い八百屋を何件か知っているので、そこできっちり旬のものを手に入れるのだ。
肉屋もいい店を知っている。木曜が特売日なので今日は肉屋は置いておくとして、月曜の八百屋の叩き売りは何が何でも行かなくてはならない。
朝早くから並ぶのは簡単だ。だが僕には竜崎とイチャイチャするという大事な時間をムダにする気もさらさら無い。
迅速、かつ無駄なく、効率的に店をまわり、納得の出来る買い物をするのが僕のやり方だ。

八百屋は十時に開店、隣のドラッグストアは九時に開店だ。
月曜はポイント2倍デー。今切れているのは衣料用の洗剤類だが、三千円以上の買い物をするとポイントがなんと5倍になる。
ここでストックを多めに買って、三千円ほぼジャストで5倍をゲットするのが目標だ。
しかし九時に行くと時間が余ってしまう。家から自転車で七分程のドラッグストアに行くとして、買い物は十五分で済む。二十分あれば丁度八百屋も開く時間だ。
九時四十分、よし、と一声気合を入れてから、まだ眠っている竜崎の頬にキスしてエコバッグを抱えた。
エコバッグ持参は2ポイントつくのだから重要だ。
まずは衣料用洗剤の詰め替え。これを3つほど。それから柔軟剤も多めに。ああ、食器洗い用のスポンジも買って、ついでに消臭剤を買えば三千円くらいになるな……。
「これで……三千と十四円。完璧だ」
ポイント5倍にして無駄な買い物は一つもなし。
丁度十時二分。八百屋はドラッグストアのすぐ並びだ。
僕は颯爽と店を出ると、開店待ちで並んでいるおばちゃんが一斉に八百屋に入っていくのにすっと紛れ込んだ。

最近は夏野菜が安くなってきている。
茄子にきゅうり、ズッキーニにピーマン。トマトは露地物もでてくるけれど、実際は温室栽培のものが殆どなので、余り値下がりしない。トマトは安売りの日に買うのがベストだ。
今冷蔵庫に2個入っている。足りないかもしれないから値段は要チェックだ。
なんにでも使えそうなきゅうりは是が非でも欲しい。
6本入りの形の悪いきゅうりが入った大袋が百二十円。綺麗な真っ直ぐなきゅうりは3本で九十八円だ。
しかし見たところ鮮度に差異はない。
おばちゃんたちがひっくり返して品定めしている横からそっとその様子を眺める。
掘り起こされたいくつかのきゅうりの袋の中にいいものがある。
おばちゃんはひっくり返すのに余念がないから、時間節約のためにも、そこで一番いいと思われるものをさっとピックアップする。九十八円のきゅうりは今後まだまだ安くなるはずだ。今は徳用品で十分だ。
茄子はいくらだ?……百五十円。まだ高いな……。確かここから3軒先の八百屋ではチラシで見たところ茄子百円セールをやっていたはずだ。早めに回ってそこで買うとしよう。
ラッキーな事にピーマン十個入りが八十八円だ。これは買いだ。
ベランダで大葉やかいわれ大根、ハーブ類は育てているからその辺りを買う必要は無い。
そうだ、今日は月曜日。向かいのスーパーでは野菜が5%引きだ。
八百屋には敵わなくてもトマトの値段はさほど変わらない。トマトはそこで買うとしよう。
さて先に茄子だ。特売品だから無くならないうちに買わなくては。
僕は会計を済ませると三軒隣の八百屋へ向かう。
しかしなんてことだ。茄子売り場に人がごった返している。五十円の差はかくも大きい。
形のいいものは殆どなくなっている。
ここは……あの手を使うしか無い。
目星を付けた茄子におばちゃんの手が伸びる。そこへ僕の手を伸ばす。微かに触れる指先。
憤慨したようにこちらをみるおばちゃんに、
「あ、すみません」
僅かな笑顔と共に甘く詫びを入れる。するとどうだ
「あ、あら!いいのよ、持って行って!!」
……計画通り……!
僕は笑顔で礼を言って、しかししっかりと茄子をゲットした。
ぐるっと見回した所、最近高いネギが割り合いやすく売っている。ネギは小口切りにして冷凍保存もできるから買っておいて損はない。そして僕は、日本一ネギの似合う男前だ。ネギの出たエコバッグだって僕の手にかかれば一級のファッションアイテムになるに違いない。……という訳でネギもゲットだ。
他になにかあるか?ああ、今日はここ、ズッキーニも安いんだっけ。
……このズッキーニなかなか立派だ。まぁでも僕のほうが立……。ゴホゴホ、なんでもないよ?お嬢さん。
レジでネギは半分に切りますか?なんてきかれたから勿論断った。
ネギははみ出していてこそいいのだ。

次はスーパー。トマトは……。二百九十八円。まぁ妥当だ。ここから5%引きになるなら買っておいて損はないだろう。トマトは彩りにも欠かせないからな。
しかしトマトもなかなかに戦争だ。おばちゃんが沢山居る。
あまり柔らかいトマトだと保存がきかない。少し固めくらいが丁度いいんだが……。あ、あれがいい。僕は手を伸ばす。するとおばちゃんがばっとそれを持って行ってしまった。
僕の手は宙ぶらりんになる。
しかしここでも、ぶつかった素振りを見せて詫びを入れた。少しだけ悲しそうな顔をして。
「あ、すみません……取ろうとして……ぶつかってしまって」
「あ、あら!ごめんなさい、私は別のでもいいのよ!これ持って行って!」
……よし、計画通り……。
僕は礼を言ってトマトをかごに入れる。
それから他にストックしておきたい調味料なんかを仕入れて、エコバッグに詰める。容量はぴったり。はみ出すこともゆとりがある程でもない。ぴっちり、だ。そして僕は家路を自転車で急いだ。可愛い竜崎がそろそろ目を覚ます時間かもしれない。


家に帰ると竜崎はまだ眠っていた。
さて、ここから竜崎のブランチを作るターンなんだけど。甘い香りで起こして上げればきっと喜ぶだろう。
その前に注文していた荷物が届くはずだ。
竜崎の大好きな果物だけは、奮発してお取り寄せしている。倹約は趣味だから、こういう所ははずさないのだ。
これから桃の美味しくなる季節だ。桃のジュレなんか作ってやったら竜崎は喜んでキスの一つ……いやいや、それ以上の事も……。
インターフォンがなる。特級品の桃のいい香りとともに、宅配の兄さんが笑顔でやって来た。忙しい時期だというのに、この兄さんもなかなかな物だ。
「夜神さん、はんこを」
「はい、お疲れ様です。いつもありがとう」
「い、いえ!」
兄さんにまで通用する僕のスマイル。完璧だ。
僕は桃をいそいそと台所に運ぶ。取り寄せたのは特級品の水蜜桃だ。白く滑らかな表皮……撫で回すとまるで竜崎の……。ゴホ、ゴホン。なんでもないよ?
しかし余りにも美しい桃だったので、すぐにジュレにするのも勿体無い。
まずは手を加えないままで竜崎に食べさせてやろう。
少し冷やしたくらいがちょうどいい。必要な分だけを野菜室に入れて、僕はかんたんなブランチを用意した。

さて、竜崎をそろそろ起こしに行こうかな。
その前にさっさと家計簿、それから今日買ったものにチェックマークを入れて、次回の買い物に必要な物をノートに記載する。
まさに主夫のノート。

竜崎を起こす時間になった。
寝室に向かって竜崎の身体を少し揺さぶる。甘ったるいキスと共に。
「竜崎……竜崎、そろそろお昼だよ」
「……ん……らいとくん」
キスと同時に、小さく切った桃の欠片を唇に挟んで押し込んでやる。
途端に笑顔になる竜崎の顔。
もう一度、もう一度、と桃の器がからになるまで竜崎は僕にキスを求めてきた。
ああ、これで料理が美味しくて、休みが最高だな、なんて思えれば完璧だ。

それもこれも全てきっちり仕切ったノートのおかげ。
主夫ノートに狂いなし!だ。





end