メイフライ





「ねえ竜崎。蜉蝣の亜成虫って口が無いんだって」
そんな事を急に月が言い出した。
「口がなければご飯が食べられません」
「そう、だから子孫を残すだけ残して、あとは死んで行くんだ」
月の口振りはなんだか寂しそうだった。
私も寂しい気持ちになる。
川から立ち登る蜉蝣の薄い羽。蝶のように蜜を吸うこともなく、ただ子孫を残してこの世から消える。
薄い緑色の影。
中には魚に食べられる物もいるだろう。
敢え無く川に流される物もいるだろう。
でも、生まれてから決められた通り、自然にそのままの姿で存在し続ける。

私の、夜神月に対する想いも、そんなものかもしれない。
狂おしく相手を求め、月が居なくなったら私はそのまま死ぬのだろう。
蜉蝣と違い、食事はするけれど。
けれど今は月の愛だけを貪って生きている様な気がした。
愛は食事のように口で貪るものではない。全身と魂で貪るものだ。私は今、蜉蝣の様に相手を求め、子孫を残そうとする。孕むことも出来ないくせに。
それでも。そうだとしても。
男同士という自然の摂理に逆らっても、私と月が二人結ばれることは運命の様な気さえする。だったらば、それは何者か、例えば神の様な何かがもたらした摂理の様な気がするのだ。

私は月を愛している。月も私を愛している。
蜉蝣のように儚く、ただゆらゆらと。しかし確固たる宿命を背負って。私達は愛しあう。

暫くぼんやりした。月の声で我に返る。
「竜崎?」
そんな声に。
ああ、この声が好きだ。その容姿も勿論だけれども、冷ややかな他の人間にする態度とは全く異なり、私に情熱を伝えてくるその唇と身体が愛しい。
「月くん、私達は蜉蝣なのでしょうか」
そんな事を問うてみる。少し感傷的だ。私らしくないと思った。
「そうだね……蜉蝣、とも言えるけれど、そうじゃない、と断言したいな」
ふふ、と笑うこの人が愛しいのだ。
「断言?」
「そう」
何を根拠にそんなことを言うのだろう。
「だって僕らには口がある」
食事をする、という意味かと捉えたら、月の顔がすっと近づいて、私の唇にそっと近づいた。
「ほらね、こうしてキスが出来るんだ。口がなければ出来ないことだよ」
「……」
なんとなく赤面した。こういうところが、やはり愛おしいのだろう。
「そうですね。口がなければあんな事やこんな事もできません」
くすくすと笑い合う。
ああ、なんだ。私はとても幸せだ。

メイフライ。
蜉蝣で覆い尽くされた緑の川面。
私達の淡い若葉のような芽吹いて間もない新緑の色。
それが恋の季節だと言うのなら。
私達は何時まで経っても初々しい恋の季節に居るのだろう。
世界がなんといっても。
世界がどんなに反対しても。
私達は愛しあい続ける。

不安なんか欠片も無かった。
こうして共に在る事が、当たり前で、重要で、必然なのだから。

メイフライ。
ああ、どうか川に流されたりしないで。
どうか、魚に食われたりもしないで。
その恋を全うし、次の世代につたえておくれ。
そうすればまた、次の年も薄羽色の淡い緑に染まるのだ。
それは恋の季節。短い短い恋の季節。
それを重ね続け、未来へと循環せよ。

私達も循環する。
月が私であり、私が月である。そのことを。永遠のメビウスの輪を。
短い初恋。短い短い恋の季節。私達は、初々しい恋を重ねて今に至る。
どうかこれからも、最初に覚えたときめきを忘れさせないで。

月がそっと私の手を取る。
「メイフライ、どうかずっと」
そう言って手の甲にくちづけをする。
意味は、私が思っていたのと、きっと同じことだろう。




end