マーメイド




夏。夏といえば海!……という僕の長年の習慣は、今年はどうも実現しそうにない。意外に思われるかもしれないが、粧裕は海が好きで、毎年一緒に行っていたのだ。
実現しそうもないというのは、相変わらずずっと竜崎と手錠で繋がれているからだ。
こんな状態で海水浴場に行くなんてできっこないし、そもそも竜崎は人混みが大嫌いだ。絶対反対されるだろう。手錠は外してもらえないだろうし。海パンなんか履いている竜崎もとても想像出来ない。
相変わらずデスクのPCに張り付いてキーボードを操りながら、僕ははぁと溜息を吐いた。
「どうしたんです?身が入ってませんね」
溜息に反応して竜崎がこちらを向く。ダメ元で言ってみるのもいいかもしれない。どうせただの願望なんだし。
「いや、さ。海行きたいなあって」
「海、ですか?」
「そう、海。実は毎年泳ぎに行ってたんだよね。暑いけど水の中って結構気持ちいいし。ちょっと遠くまで粧裕と競争したりしてさ」
ぼんやりと遠くを見つめながら答えた僕に、竜崎は
「そうだったんですね。……行きますか?海」
と、予想外の返事をした。
「……どうやって?この状態で?」
思っていたことを素直に告げる。すると
「私これでもお金持ちですよ?プライベートビーチくらい持っていますよ」
なんて言ってにやりと笑った。ちょっと格好良かった。
「でも、実は一度も行った事が無いんですけどね」
と付け加えられて、流石竜崎だ、と何故か思った。
「周りが崖に囲まれていて、内側がぽっかりとした綺麗な白い砂浜らしいです。水も綺麗で。ボートでは入れません。ヘリでしか行けないので、誰も入ってこないんですよ。そこでなら二人きりで遊べるでしょう?」
そんな事を言われて僕は嬉しくなった。誰にも邪魔されずに二人で海で遊べるなんて。
「行きます?海」
また聞かれたので、勿論、と僕は破顔した。

竜崎は決めたら行動が早い。早速、といきなり立ち上がって僕をずるずると引きずって本部を後にする。
「水着や小物はワタリに準備させます。すぐ出られますよ。ヘリ出しますから三十分だけ待っていて下さい」
そんなこんなでヘリに乗せられ、暫く空の旅をし、例の砂浜に着地した。
海は素晴らしく綺麗だった。本当に人っ子一人居ない。砂は真っ白で水は限りなく透明だ。小魚の姿さえ見える。
竜崎は特別ですよ、と僕らを繋ぐ手錠を外した。確かにここでは逃げようが無い。逃げるつもりなんてさらさら無いけれど。
そうしてぽいぽいと服を脱ぎ捨て、ワタリさんの準備した海パンを身に着けた。想像も出来ない、なんて思っていたけれど、白い肌が眩しくてとても美しく見えた。
僕も倣って海パンに着替える。生真面目に準備運動なんてしていた僕を尻目に、竜崎は波打ち際に走って行っていきなり飛び込んだ。
慌てて僕も竜崎に続く。
そこそこ深さがあったけれど、うっかり溺れるほどではない。
二人でぷかぷか浮かびながら水を掛けあったり、崖の端から端まで競争しあったりした。

暫く遊んでいると、急に竜崎が水面下に潜った。なかなか浮かんで来ない。少しだけ心配になって僕も潜って見ると、水中に黒髪をふわふわさせて、竜崎が嬉しそうににこりと笑う。
青白く見える綺麗な肌と、するすると潜っていく様がなんだか人魚の様で。僕は追いかけて捕まえてぎゅっと抱きしめる。
それを待っていたかのように、竜崎が水中で僕にキスをした。
どこまでも美しい海の中の、たった二人だけの世界。
こんな所になら永遠に囚われていても良い。ずっとずっとこうしていたい。
竜崎と、二人なら。そこはいつだって楽園なのだ。





end