夕立
※夏コミ配布ペーパーです。
雲行きが怪しくなってきた。
さっきまでまだ高かった空に、灰色の雲が垂れこめている。このままじゃ降られるな、とわかっていても、今日は生憎傘の準備がなかった。
僕は流河と一緒に帰り道を辿っていた。相変わらず監視だなんだといって、飴玉を舐めつつ僕の隣を気だるそうに歩いていた。無理もない、始終エアコンの効いた場所からこんな蒸し暑い場所に出てきているんだから。
「月くん休憩しましょうよ」
「もうすぐウチだから寄ってけよ。エアコン効かせるから」
「もうすぐってあと十分もあります」
「たかだか十分だろ……あ」
雷鳴が轟く。と同時にぼつぼつと大粒の雨が降ってきた。
「まずいな」
「降ってきました……」
すごい勢いで雨粒が落ちてくる。僕らは堪らず近くのマンションの軒先に逃げ込んだ。
ビシャン、ビシャン、と凄い音で雷鳴が轟いている。
光ってからすぐに音が聞こえるので随分近いのだろう。よく見れば向かいのマンションの避雷針に雷が落ちるところだった。
あまりの近さに全身の毛が静電気で逆立つ。近くで落ちるとこんなふうになるのかと、僕は少し驚いて、でも安全な場所から見る雷は天体ショーでも見ているかのように綺麗で面白かった。
けれど隣に居る流河は、雷の音が聞こえる度、空がビカビカと光る度、少し身を竦めて
「早く帰りましょう……月くん」
とか細い声でそういう。
「なんだったらワタリを呼びましょう?」
「そんなにウチまで遠くないのに呼ぶのはどうかと思うけど」
僕はなるべく流河の側に居たかった。
このまま雨が止むまで……と思ったら
「……っくしゅ」
と隣で流河がくしゃみをした。
ずぶぬれにTシャツ一枚は寒かったのだろう。早く家に帰ってシャワーでも浴びさせてやりたかった。
僕はとりあえず自分のジャケットを流河の頭に被せる。
「月くん、これでは貴方が……」
「僕は大丈夫、全然寒くないよ」
そう答えると、もぞもぞと居心地悪そうに流河が僕のジャケットから顔をだした。
「流河、もしかして雷怖い?」
「こ、怖くはありません」
そういった流河の表情は少し青ざめていた。
「じゃあ、嫌い?」
「……あまり好きではありません」
質問を変えると素直にそう返事した。
まだ空はビカビカと光を放っている。流河にしてみれば自分のところに落ちてきそうだとでも言いたそうに、ゴロゴロ鳴る雷が怖いのだろう。
さっき近くに落ちたし。
「月くん、やはりワタリを」
「大丈夫、僕が居るから」
流れ的にはトンチンカンな返答かもしれないけれど、流河はそれで少し安心したらしい。
「あの……月くん、側に行ってもいいですか?」
「ん?うん」
流河がつつ、と僕の側に近寄ってくる。やっぱり怖いんだな、と思っていると、僕の夏物ニットの裾をきゅうと握りしめた。僕はどきっとした。
「……やっぱり少し、怖いです」
そう言った流河の声が若干震えていて、僕はなんだか堪らない気持ちになって、向き直って流河をぎゅうと抱きしめた。
「僕が居るから、怖くないよ」
「月くん……」
そっと唇を重ねようとすると、マンションから人が出てきて、慌てて二人ぱっと体を離す。
ああ、いい雰囲気だったのに……。
ほんの少し雨が弱まる。雷は依然鳴っている。
けれど今がチャンスだと、僕は流河の細くて白い手首を掴んで雨の中かけ出した。
ピシャンとまだ雷がなっている。世界が一瞬白くなる中、僕らは雨粒でけぶる道を二人で走った。
今日ばかりはゲリラ豪雨にも感謝しなくちゃな、と思いつつ、僕は流河の手の指にそっと自分の指をからませた。
end