スポーツの秋
※スパーク配布ペーパーです。




「ああ、運動不足です」
竜崎がぽつんと漏らした一言に僕は何故だか驚愕した。
「……お前運動とか……するの?」
いつもデスクチェアに座ったまま動かない探偵が運動するところなんて考えたこともなかった。勿論「夜の運動」に関してはタフなやつだと思っていたけれど、案外鍛えていたのかもしれない。
「失礼ですね。私言いましたよね、イギリスのジュニアチャンピオンだったって」
……そういえばそうだ。
頭の切れる探偵は身体のキレも良いらしい。
しかし運動不足だ、なんて言葉をこいつの口から聞く日が来るとは全く思っていなかった。探偵Lは運動もする。まさに青天の霹靂だ。
「どっかで鍛えてたのか?このビルに施設があるとか?」
「そういえば月くんはまだ使ったことなかったですね」
と、いうことはあるということだ。
「へえ!何があるんだ?僕も運動不足で筋力が落ちてて悩みの種だったんだよね」
体力づくりは夜の基本だ。……なんて、セックスのことばかり考えているわけでは断じて無いが。
「結構なんでもありますよ。普通のジム用マシーンもダンスジムもプールもテニスコートも」
「テニスコート……」
そういえば入学して間もないあの日のゲーム以来、テニスはやっていなかった。
こいつの手強さを思い出してぞくぞくっとした気分になる。
「なあテニス……」
「やりましょうか」
にっとお互い笑い合って、テニスコートへ向かった。

驚くべきことにそこには本物のテニスコートがあった。ビル内だからてっきり壁打ちのスカッシュみたいなのがあるのかと思ったがやはりLは伊達では無かった。
審判用のマシンとかいうのもある。
「審判マシンって……なにこれ」
「ワタリの発明品です。正確ですよ」
ワタリさん、才能の無駄遣いではないだろうか……。
「まあいいや、どうする?」
「通常通り6ゲーム先取のワンセットにしましょう。せっかくだから罰ゲーム付きで」
「罰ゲームは?」
「負けた方は勝った方のいうことをなんでも一つだけ聞くってどうですか?」
竜崎の提案に俄然やる気が起こる。……が、
「僕が負けても夜の役割交代だけはしないからな」
と釘をさした。竜崎は呆れ顔で、
「そんなアホな要求を思いつくのは貴方くらいですよ」
と言った。

めちゃくちゃ長い鎖の手錠が用意してあったのには引いたけれど、結構本気で楽しめた。試合は長引いたけれど、残念な事に今度は負けてしまった。こっそり鍛えていた竜崎と、ずっと監禁・監視状態にあった僕とでは分が悪い。負けて悔しかったが納得して
「あーあ、はい、なんでも言うこと聞きますよ」
とラケットを片付けた。
「その前にプールで汗流しましょう」
それはいい提案だ、と僕は頷く。一階上の温水プールのフロアへ移動し、僕は水泳着に着替えてシャワーを浴びた。竜崎は驚くことにそのままの格好でプールへ直行するようだった。
ドボンと竜崎が水に飛び込む。僕もちょっぴりはしゃいで頭から水に飛び込んだ。
二十五メートルプールがあるなんて本当にこのビルはどうかしている。けれど楽しかったので僕はバシャバシャとクロールで三往復した。
竜崎は音を立てないで不思議な格好で泳いだ。聞けば古式泳法だそうだ。

「そういえば月くん、なんでも言うこと聞いてくれるんですよね?」
「……罰ゲームね、何?」
この時間が来たか。さて鬼が出るか蛇が出るか……と思った僕に、
「水の中で、キスして下さい。うんと濃厚なやつ」
竜崎はそう言って面白そうに笑った。
水の中の竜崎はふわふわとTシャツを漂わせる人魚の様だ。
「……ばか」
僕は照れくさくなってそっぽを向いたけれど、ねえいいでしょう?と腕を引く竜崎にずるずると誘われ、水にとぷんと潜ってキスをした。

水中での初めてのキスは、人魚とのキスそのもので。
うっすらとするカルキの味を感じながら、竜崎の甘い舌をこれでもかと吸ってやり、僕たちは縺れるように水底に沈んで行った。




end