晴れ男
ame企画寄稿SS
「月くんと一緒にいると度々雨が降ります。希有な体験です」
高級品に囲まれて生きている貧相な格好をした男はビニール傘をもって顔をしかめた。
つっかけたスニーカーがズブ濡れだ。
私は晴れ男なんですよ、なんて言っておきながらズブ濡れな様はまさに傘をさしなれていない人間そのものだった。
「晴れ男も何も、今雨が降ってるじゃないか」
「……だから月くんと一緒だと、といっているじゃありませんか」
「僕は雨男じゃないぞ」
「雨男なんですよ」
根拠もない話でごたごた言い合っているけれど、傍から見ればじゃれているだけなのだろう。全く手錠を掛け合った男二人が深夜にくだらない押し問答とは馬鹿げた話だ。こんなことならちょっと息抜きにコンビニに行きたいなどと言わなければ良かった。
「世界を股にかけてるかなんだか知らないけど、日本の六月は雨が多いんだよ、僕は別に雨男じゃない」
「そんな事くらい知っています。梅雨です」
知っているなら人を雨男に仕立てる真似はやめて欲しいものだ、とぶつくさ口の中で呟きながら、もう少しで辿り着くコンビニ目指して早足で歩く。
足元に広がるデカイ水溜まりをひょいっとよけて行ったら、背後で派手な音で竜崎がバシャンと水溜まりにはまっていた。
「……大丈夫か……?」
ただのズブ濡れが川から上がったばかりの河童みたいになったので思わず手を差し伸べる。口を思い切りへの字に曲げて素直に手を引かれた竜崎だったが、深い水溜まりで靴が完全に水没し、水溜まりから離れた時には歩く度にがぼがぼと不快な音を立てていて申し訳ないが苦笑してしまう。だって世界のLがなんて様だ。
「竜崎、お前さ、本当に雨慣れてないんだな」
笑ってしまいそうな口元を隠しつつ言えば、
「従来ひきこもりなんですよ、仕方がないでしょう?でも私は器用なんです。傘くらいすぐに慣れます」
などと強がりを言って今度は僕の前を歩き始める。がぼがぼいう靴が踏みしめる度に水を吹き出しているのに目をやって、僕は顔を背けてちょっとだけ笑ってしまった。
竜崎のそんな姿が面白くて、翌日も翌々日もコンビニに行った。同じコンビニに行くと店員に顔を覚えられるかもしれないので(顔以前に手錠が問題だ)違うコンビニに行ったが、面白いくらい雨が降った。
深夜の雨のアスファルトの匂いはなんだか清々しくすらあり、僕は竜崎の間抜けな姿と外出が楽しくて何度も外に連れ出したけれど、竜崎は不満そうだった。流石というかなんというか、器用ですと言い切るだけあって、靴のがぼがぼはともかく傘は徐々にさし慣れてきたようだった。ちょっぴり残念だったけれど、濡れ鼠になる竜崎を見ていても可哀想ではあったので、そこはまぁいいかと割り切った。濡れないほうが竜崎も一緒に出てくれるかもしれないし。
既にコンビニに行くのは息抜きというより竜崎の雨に濡れる間抜けな姿が見たいだけだったけれど、それは十分堪能できて僕は満足していた。闇雲に菓子を買っては本部に戻る、それだけで僕は楽しい気分になった。
雨はもとより好きじゃない。けれどこんな竜崎が居れば雨の日も悪くないなと思えるのだ。
本部に戻って無闇に買ってきたコンソメ味のポテチと竜崎用の菓子を物色する。竜崎は毎度綺麗に完食していたけれど、僕も好物とはいえ毎日ポテチを食べるほどではなく部屋にはポテチが溜まっていた。
「……どうするんですこれ……私食べませんよ」
「晴れの日に食べるさ」
「どういう意味だか」
雨の日は買いに行くつもりだったから残りを食べるのは晴れの日、という意味だが、それが分かっている竜崎はまた雨に外出するのかとうんざり顔だった。
「私雨は好きじゃありません」
「僕もそんなに好きじゃないよ」
「じゃぁコンビニに行くのはやめにしませんか」
竜崎の提案はもっともだったが、僕は深夜のデート、とも言える雨の日の散策が既にお気に入りだ。そこをなんんとか、と言って通じる相手でも無いのでそうだなぁなんてつぶやいて見せてからPCのブラウザを立ち上げた。
本部にそれが届いたのは三日後だった。最近の通販には恐れ入る、あっという間だった。探すのに一晩まるまるかけたけれど、なかなかいいものが手に入ったと僕は満足していた。
なんですかと訝る竜崎に押し付けて、「プレゼント」と微笑んでみせる。若干戸惑った顔をした竜崎だったが、ありがとうございますとやおら部屋の隅に行って包をバリバリ開けだした。ちょっと照れくさそうなところが可愛いと僕は勝手にほくそ笑む。
現れたのはひざ丈のちょっと格好いい長靴と、シックな紺色の仕立ての良い傘だ。竜崎に似合ういいものをと探したので値が張ったがそれはそれだ。探しながらビニ傘が一番なんじゃないかという気にもなったけれど、しげしげ眺めて傘を開いた竜崎を見て、ああ、正解だったと僕はいたく満足した。それはとても竜崎に似合っていたから。
今日も雨が降っていた。暫く窓の外を眺めていた竜崎はほんの少しだけそっぽを向いて
「コンビニ……行きますか?」
と僕に問う。耳が赤くなっているのが可愛くてニヤニヤしてしまう。
そんな竜崎を目の当たりにして、僕は心のなかでガッツポーズをした。
後ろをついてくる竜崎はのんびりと水溜まりを選んで歩いていた。僕は避けなくてはならないので手錠で繋がっている分一苦労だが水を楽しむ竜崎もいいものだ。ばしゃばしゃと水を跳ねあげているものの、ひざ丈まである長靴がジーンズを覆って汚れることもない。梅雨にはちょっと大げさな装備かもしれないけれど、竜崎の濡れっぷりを見ていた僕はこれくらいがちょうどいいと踏んでいたがそのとおりだった。楽しそうにジャブジャブやっているけど跳ねた水が今度は僕に……ってそれは我慢だ、我慢。
大振りな傘は竜崎をすっぽり包んで濡れることもない。竜崎はいつになく機嫌が良かった。
「月くんに今度お返しをしなくてはなりませんね」
分かりにくい程度だけれども明るい声でそう言ったが、別に見返りが欲しくてやったわけではない。……というか、一緒にコンビニに行きたかっただけだなんて聞いたら竜崎は笑うだろうか。大方気付いてはいるのだろうけれど。
その日も闇雲に大量の菓子を買い込んだが、竜崎は雨の日もいいもんですねえなんて柄にもないことを言って完食していた。ゲンキンなやつだなと思ったけれど、贈り物を喜んでもらえて嬉しくない奴はいない。僕も妙に張り切って、今日はコンソメポテチを一袋空けた。
その翌日は晴れだった。竜崎はやっと晴れましたなんて言っていたけれど傘と長靴を大事そうに隅っこに置いて時々いじっていた。僕も少し残念だった。
それから何日か連続して晴れた。清々しい空気はやはり雨より晴れのほうがいいかなと思わせるものだったけれど、雨の日でもないので竜崎をコンビニに連れ出してのはしゃいだ姿を見ることが出来ない。珍しく天気予報は晴れの連続で、梅雨の晴れ間に皆嬉しそうにしていたけれど僕はつまらなかった。もちろん竜崎も。
「流石は私、晴れ男です」
なんて言っている様が妙にいじけて見える。こうなると雨が待ち遠しい気分になった。
あと三日は晴れが続く、というところで竜崎がしびれを切らしたのか雨季の国へ行くとか冗談で言い出したが、それはやはり冗談で、長靴と傘を仕舞いこんでしまった。正確にはワタリさんに預けたらしいのだけれど、残念そうにプレゼントをいじくり回す竜崎すら見られなくなった僕は退屈この上なかった。部屋に溜まっていたコンソメポテチももうなくなってしまっていた。
晴れの日もあと二日、というとき、真夜中に竜崎がシャワーを浴びるからついてこいと言い出した。風呂ならすませたというのにまた入るとはどういうことだ。
衣服も脱がずにどやどやと浴室に入る。
シャワーと言ったのに、浴槽にどういう訳か十五センチ程水をためている。
「これじゃ入浴にもなにもならないじゃないか」
苦言を呈した僕に竜崎はにやっとして見せてから、恭しく贈り物の長靴と傘を取り出した。
「使いたくて仕方ないんです」
可愛いことを言ってくれると赤面した僕の目の前で長靴を履いて傘をさすと、竜崎はシャワーの土砂降りの中浴槽に飛び込んだ。
「長靴で水の中を歩くとひんやりして気持ちいいんですよ」
跳ね返る水をもろに被っている僕なんかお構いなしにジャブジャブと浴槽を歩きまわる。
「ワタリに洗っておくように言ってあります。綺麗ですから心配無用です」
僕が言いたいのはそんなことじゃないんだけどな。
「傘もいいですね。この傘はよく水を弾くので雨音がぱらぱら言って綺麗なんです……それに……」
ぐしょ濡れの僕の襟首をおもむろに掴んで引き寄せる。監視カメラに思い切り傘を傾けて、
「……こんな事もできますし」
お礼です、と、カメラに隠れて僕の唇にキスをした。
end
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