竜崎焦る。
「あ」
「動かないで下さい竜崎、じっとして」
「あ、はい……」
「そう、目を閉じて」
「ぅ」
「力抜いて」
「ん……ッ」
……何を、やっているんだ……?
ソファでうとうととしていた所を、ひそひそ囁かれる会話に邪魔され目が覚めた。モニタの前の椅子から離れ、手錠の伸びた先、応接ソファの上で僕は仮眠を取っていた。柔らかい毛布が肩まできちんとかけてあるのは、きっと年上の恋人が気遣ってしてくれた事だろう。目覚めてすぐに解った心遣いに満足しつつ、しかし妙な雰囲気の流れる空間に、はて、と首をかしげる。さっきまで二人きりだった場所に、いつの間にか客が増えていた。
ソファの向こうから聞こえるのは、最近本部にやってきたアイバーとかいう甘ったるい外見の詐欺師と、彼を呼び寄せた竜崎の二人の声。
低く諭すような男の声に交じって聞こえる、竜崎の声が上ずりかすれている。
普段の竜崎は、彼らに対してはあくまで協力者と依頼者の立場であろうとし、そこはかとなく横柄で、命令し慣れた人間である事を匂わせる態度を取っていた。なのに今耳に入ってきたコレはなんだ?竜崎の声が余裕を失い、どこか焦りさえ含んでいるように聞こえる。
「アイバー……こういうのは月くんがしてくれる事で、貴方が相手じゃありませんよ」
「ふふ、いいじゃないですか。もう少し」
「ん、ヤ、です……」
「確かに彼はなんでもしてくれるでしょうがね、これくらい僕がしたって構わないじゃないですか」
「……ああ見えて結構嫉妬深いんですよ、彼」
「はは、なら水ですすいでしまえば解りませんよ、ばれっこない」
「そういう問題では……」
不穏な事を連想させる会話内容に、思わず上体をしっかり起こす。ソファの背もたれの向こうに、限りなく顔を近づけた二人がスイと離れるのが見えた。起きた反動で手錠の鎖がシャラと鳴る。気付いたのか、竜崎がはっとこちらを向いた。
「月くん、起きたんですね」
「……ああ」
「良く眠れましたか?」
アイバーの傍からぱっと離れて僕の方に寄ってくる。擦り寄ってくる様が可愛くて、なんだかニヤケそうにもなるけれど、今はなんとなくそう言う気分じゃない。
「大丈夫ですか?まだ寝てます?」
少しぼうっとしながら二人を眺める僕の額に、竜崎が手を翳す。ひんやりした体温の低い掌が心地いい。……けれど、何をやっていたか薄々感づいてしまった僕は、不快感の方がよっぽど強かった。
「大丈夫だよ、竜崎。……それよりお楽しみ中邪魔しちゃった?」
意地悪く笑うと、彼の大きな目がきょとりとし、少し小首を傾げたかと思うと、はっとしてアイバーを振り返った。
勢いよく僕の方にまた向き直る。
「ち、違います月くん。誤解です」
「何が?」
「あの、アイバーとは何も……」
焦りの見える竜崎も珍しくて可愛い。けれど、詐欺師が水を差して僕はまた苛っとする。
「見られちゃったみたいですね、竜崎」
「……っ」
「アイバー!」
僕の怒りに気付いた竜崎の声が憤っている。
「月くん、本当に何もないんです。誤解です。なんならここの監視カメラの映像を……」
「そこまでしなくてもいいけど」
ああその手があったか、なんて思いながら、ふん、と鼻を鳴らした僕に、竜崎はますます焦った。
「あの、怒らないで下さい。本当に何もないんです」
少し涙声になっている。何と言うか、多分映像を見ろまで言うのなら本当に何もなくて僕の誤解なのだろう。流石の竜崎も、さっきの今で映像の差し替えなんて無理だろうし。
なぁんだ。そうか誤解か。
と、そこまで考えて急に頭が冷えた。多分本当にただの誤解だ。
それでも誤解でもなんでも、苛々はするけれど。まぁ安心だ。
けど……困ったな、可愛い。滅多に見られない竜崎の様子に、ますます意地悪したくなって少し無茶な事を言ってみた。
「じゃぁさ、偶には竜崎からしてよ」
「……何をです?」
手を伸ばしてその白い頤をつつとなぞる。また首をかしげる彼の耳元に唇を寄せて、
「キス」
と囁いたら、大きく開いた白いシャツの襟ぐりまで真っ赤になった。
「ぁ、アイバーが……見ます……」
人前でそう言う事をするのが苦手な彼。こういう時でもないと絶対にしてもらえそうにない。
「アイバーとはしてたんだろ?」
「――――っ! だから!してません!」
「どうだか」
「月くんっ」
少し竜崎といちゃつけたからって調子に乗っている詐欺師にも、この際はっきり見せつけておかねばらならない。竜崎は僕のだって事。
「あいつとは出来るのに、恋人のはずの僕とは出来ないの?」
「……だから、してませんってば……」
俯いて若干涙目になる竜崎の顔を見ていると、可愛くて可哀想で、なんだか無茶苦茶な気持ちになってきて、でも流石にもう許してあげようかなとも思う。
もういいよ、と言って髪を撫でてから頬にキスして……と考えた僕に、
「したら、許してくれますか……?」
竜崎が上目遣いで聞いてきた。
――――なんだって……?
そんな可愛い顔で、そんな可愛い事を言うのかお前は。カッと脳の血管が膨張したような気がする。……というか、正直シモの血管が一気に膨張した気がする。
「あ、ああ、勿論。竜崎の気持ちがはっきり解ればいいんだし」
取り繕ったように澄まして見せるが、この下心に気付かれないだろうか?ちゃんと怒って見えるかな。
まぁいいや、なんでも。竜崎がしてくれるなら……。
「では月くん、目を……」
恥ずかしそうにぎゅうと目を閉じた竜崎の顔がススと降りて来る。ひんやりした指が頬に添えられて……ああ、アイバーがやれやれってポーズで席を立った。
「竜崎……」
ん、と目を閉じて彼の首に手を当て引き寄せる。
アイバーの背がドアの向こうにパタンと消えるとほぼ同時、竜崎の冷たくて柔らかくてでも妙に熱い気がする唇が、僕のそれとふわりと重なった。
ちゅ、ちゅ、と音をたてて角度を変えれば、最初は恥ずかしがっていた竜崎も段々キスに夢中になって……。
ああ、この後はなんとか丸めこんで美味しく頂いてしまおう、そうしよう。
なんて考える僕はとっくに有頂天で。
ソファになだれ込んでくる彼の身体を抱き寄せて、思う存分その甘い口腔を味わった。
腕の中でうとうとしだす竜崎の髪を梳く。剥き出しの白い肩が冷えてしまいそうで、さっき彼にかけてもらった毛布を引き寄せ竜崎を包む。
「で、さ。アイバーとは本当は何してた訳?」
「解っているんでしょう?睫毛が入っちゃったんですよ」
ああ、やっぱりね。そんな事だろうと思ったよ。
「そんなの、僕が取ってあげたのに」
「待っていられない位凄く痛かったんです。月くん良く寝てたし……起こしたくなくて」
ぶすっとする彼の髪にキスを落とす。
そんな事だろうと解ってはいたけれど、やはりさっき言ったようにそれはアイバーではなく僕の仕事だ。竜崎も解っていたみたいだけど、そう言っていたし。
「痛いのは可哀想だったけど、次からちゃんと起こして。他のヤツに触らせるなんてとんでもないよ」
「……全くもう」
呆れ声を出す竜崎は、でも満更でもなさそうに仕方ないですねと答えた。
竜崎を愛しているのは僕だけでいいし、竜崎がそれを喜ぶのも僕だけでいい。
目を細める白い面にキスの雨を降らせながら、アイバーの触れたであろう場所を僕で塗りつぶしていく。
これからは迂闊に転寝なんてするものか――――と、心に決めて。
息巻く僕を眺めつつ、竜崎が楽しそうにくすくすと笑った。
end