※出て来る人達が眩暈がする程馬鹿ですのでお気を付け下さい。
馬鹿話@ カラオケ
「あー、僕なんだか大声出したい気分です。あー……カラオケしたいなぁ、カラオケ」
外の暑さを全く感じさせない室内に、間の抜けた男の声が響く。
「仕事しろ松田」
「あ、すみません」
隣に並ぶ上司の叱責の声と、情けない謝罪。
その声を聞きつけて、僕の横にいた竜崎が彼を振り返る。
「カラオケ、ですか。日本の皆さんはお好きみたいですね。楽しいんですか」
いつものごとく何ともぼんやりとしたやる気の無い声だ。最近の竜崎はトコトンやる気を欠いている。大方松田に反応したのもその辺が原因なのだろう。
「え、行った事ないんですか竜崎」
ぽかんとする松田。そんな顔してるから相沢に怒られるのだ。竜崎はお構いなしのようだが。
「はぁ、まぁ。……というか歌った事がありませんので」
「ええ!なんですかそれ、健康に悪いですよ」
「そんな訳ないでしょう」
松田も驚いているが、こっそり僕も驚いた。浮世離れしているとは日頃から思っていたが、まさか歌った事が無いとは。放っておけば教育機関なり行事なりで一度は歌うだろうに。
「竜崎、それ本気で言ってる?」
確かめたくて問うと、竜崎は呆れた様な声を出した。
「月くんまで……健康に関係は無いと思いますが」
いやそっちじゃない。
「じゃなくてさ、歌った事無いの?」
僕の問いに、ああと合点の行った顔で、
「はぁ、まぁ。曲はかなり知っていますが自分で歌った事は無いです」
と茫洋と答えた。
「ふぅーん。竜崎にも出来ない事があるんだ?」
面白い事もあるものだ。せっかくなので思い切りからかいたい。
ふふんと笑ってやるとびしりと眉間に皺を作る。
「あ。なんですかその目。言って置きますが私に出来ないことなんてありませんよ。経験などなくても完璧です」
「試してみなくちゃ解らないじゃないか。凄い音痴かもよ」
負けず嫌いをくすぐってやる。特にどうこうしたかった訳じゃなくて、面白かっただけだ。
「言いましたね?驚いても知りませんよ月くん、見てなさい。……ワタリ」
不機嫌な声でモニタを呼び出した竜崎に、ああしまったと僕は後から後悔した。
「で、作っちゃったんですか、カラオケルーム」
翌日、松田と共に声をかけられ下の方のフロアに移動する。がこんという音と共に到着したフロアは、他の降りられる階とは趣も異なりポップだ。とは言っても、普通見かけるカラオケ屋と違い物凄く綺麗で清潔だ。
「はい。ビル内にあれば外に出るまでもありませんし。作っておけば松田さんはいつでも歌えます」
何でも無い事の様に言う。一晩でなんて、あり得ない奴だ。
「もっ、もしかして竜崎僕のた」
「違います」
感激しかけた松田にぴしゃりと彼は言い放つ。この刑事は反応するところがいちいちおかしい。まぁ、当然松田の為ではないだろうな。
「ええと。機械はどこのにしたんですか?」
「大部屋はDAMを入れました。二人部屋にはそれぞれJOYSOUNDとUGAとDAMが入ってますから、大体の曲はカバーしているかと。足りますか?」
足りるかって、これ絶対何千万もかかってる……と頭痛を感じてそっとこめかみを揉む。本当にこの探偵は容赦ない。加減や限度を知らないのは僕も同じだけれど、こいつは金を持っているだけ厄介だ。パトロンが出すのか知らないが、とにかく飛んでも無い金額を湯水のように使う。ビルを建ててみたりヘリが用意されていたり。そのくせ本人は貧相な事この上ない。どういう感覚してるんだと疑いたくなるが、いつもケロリとしているので多分つっこんでも無駄だ。
僕はこうしていつもこっそり頭痛をやり過ごす。
早速歌いたいと松田が騒いだので、せっかく作ったからと全員で遊ぶことになった。勿論目的のある息抜きであってサボりでは無い。……と竜崎は主張しているが、暇だったからに違い無いと思っているのは松田と本人以外だろう。
竜崎が命令する以上仕方ないので、全員で本部を出てぞろぞろとエレベータに乗り込む。到着したフロアに相沢が思い切り顔を顰める。多分さっきの僕と同じことを考えているのだろう。
「ミサも連れてきてやれば良かったかな」
男だらけの集団を見てなんとなく零す。残念ながら彼女は仕事だ。
「それもそうですね。けどミサさんは無理してAKBとか歌いそうですからね……ヘビーローテーションなら私負けません。ミサさん世代のアユもヒッキーも私の方が上手いですよ」
「お前ね」
呆れた、何を張り合っているんだか。
僕にだけ対抗していれば可愛いのに、こいつは時々ミサにもつっかかる。ミサもしょっちゅう竜崎に文句を言っているから仕方ないが、大体は相手にもせず上手くかわして見せて、偶に思い出したように彼女相手に負けず嫌いを発揮する。……なんだかんだで原因は僕の様だけれど。ミサは知らない事だが、竜崎の中で彼女は良き恋のライバルであるらしい。可愛いんだか可愛く無いんだか。まぁ竜崎の滅多に見せない独占欲なので少しは嬉しかったりする。そんな事をしなくとも、最初からミサとは何でも無いと言ってあるし、竜崎にはちゃんと愛していると伝えている。わざわざ今言わないけれど。
分厚い曲のカタログを眺めつつ、なんとなく全員気まずくて選曲をしない。松田は機械を弄りまわしたり、カラオケボックス同様に飲み物が運ばれてくるシステムに感心しきりで選ぶまでに至っていないだけだ。
「決まらないなら私が一曲目を指定します」
焦れた竜崎が言いだしたのは、全員が腰を落ち着けて5分もしない内だ。確かに誰かが切り出さないとこういう場は回らない。が、こいつの短気さときたら、絶対大学のコンパには参加させられない。
「松田さんはミスチルでいいですか?あ、模木さんのは決まってます。相沢さんはそうですね、長渕のとんぼとかどうでしょう。夜神さんは私と一緒に神田川しましょう。月くんはT.M.Rあたりどうですか?演出がいるなら紙吹雪も送風機も用意しますよ。勿論衣装も」
「いいよ、もっと無難なのにするから」
捜査指示を出す時のようにテキパキと選曲する竜崎に、一同は圧されて「それでいい」と言われるまま従う。勿論僕を除いて。
大体父さんもなんだよ、一緒に神田川?竜崎とデュエットなんて満更でもない顔をしてどういうつもりなんだ。気に入らない。
苛々しながら曲を吟味する僕に、
「あ、そのページはもしかしてガックンですか?駄目ですよ、いくら月くんがイケメンでもガックンするには100年早いです」
などと言う。本当こいつは。
「うるさい。レボレボもガックンも歌わないよ。って、お前一体どれだけ知ってるんだ」
テキパキと決めた全員の曲とかそのあたりを考えると、ちょっと守備範囲が広すぎるんじゃないかと思う。
「常識の範囲ですが」
またこいつはケロリと言う。
僕が知らないだけではなくて、竜崎が知りすぎているのは明白だ。
「年代もバラバラすぎるよ」
「日本の軍歌も歌えますよ。私はLですので、音楽位で年齢を知られる訳にもいかないんです。あ、模木さんの番です」
すっかり竜崎のペースなのが面白くなくて不満を漏らしたが、イントロが流れ出した画面を一瞥すると、竜崎の興味は模木さんに移った。
模木さんの為に選ばれた曲なのに、最初から派手なイントロが意外で一同目を丸くする。
「……りゅ、竜崎、この曲は……」
たじろぐ模木さんが気の毒だ。正直気にする事などないと思うが、自己表現自体が嫌いだと言う模木さんにコレを歌わせようとは。
「サザンのエロティカセブンです」
L、恐るべし。
身を乗り出して、ムリムリムリ!と後ずさる模木さんにがっちりマイクを握らせる。
「歌えないのでしたら練習して頂いても。10回位入れておきましょうか?」
ニマァと笑う竜崎に、模木さんは諦めたのか
「うっ。……歌います……」
と画面に向かった。確かにこの曲を10回も歌いたくはないだろう。僕だって厭だ。
真面目で堅物そうな模木さんから、中々に色っぽい単語が流れ出す。なんというか、サザンのもう一方の有名な曲じゃなくて良かったねと心でつぶやいた。
声は悪くない。サザンぽくもないけれど。むしろ意外性があっていいかも……と考えた所で、
「ああ……模木さんセクシーです」
ほぅ、と竜崎がうっとりしている。思わず「馬鹿竜崎」とゲンコツをくれた。見境なく色目使うな。
殴られて思い切り不服そうにしている竜崎に、このままではきっちりお返しがくる、と慌てて話を振る。
「そういえばワタリさんは?誘わなくて良かったのか?」
反撃のタイミングを逸した彼が、膨れながら渋々曲本に視線を移す。
「……ワタリが一緒だときっと盛りあがりません」
「まぁ、ご年配だしな。こういうのは興味ないか」
さもありなん。
「いえ逆です。ワタリは上手すぎるんです」
「へえ。やっぱり渋い洋楽なんか得意なのかな」
意外な言葉に僕も眺めていた本から視線を上げた。
「ワタリの十八番ですか?そうですねえ。パヴァロッティ、ビートルズ、エミネム、北島三郎……、なんでも歌えますよ」
なんだって、オペラから演歌まで?
「す、凄いんだね……ラップまでいけるのか」
「流石の私も敵わないので、悔しいから置いてきました」
「そうなんだ」
驚く僕に腕組みして不服そうな顔して見せて、その実竜崎は少し得意げだ。ワタリさんの事になると自分の事の様に嬉しいようだ。
どうしてその矛先を僕に向けてくれないのかね。
「あ、そろそろ私も選曲しなくては。そうですね、うーん」
無事難関を突破した模木さんから相沢さんにマイクが移った。
「あ、コレなんてよさそうです、月くんに私の処女を捧げるにはぴったりです」
処っ……、なんて言いようだ。つらつらと眺めていた竜崎が、歌本を指さして僕に見せる。
「……どれ?」
「コレですコレ、キャンディーズの、“年下……」
「の男の子”は却下」
覗き込んだ僕のこめかみに、ビキっと血管が浮いたと思う。
「え、なんでですか?」
きょとんとして見せるコイツは性悪だ。僕が竜崎より多分かなり下なのを気にしているのを、彼はちゃんと知っている。
「解ってるだろ!」
怒鳴ると楽しそうにふふんと笑った。
「仕方ないですねえ、ホント子供なんですから……ではこちらにしましょうか。“もってけ!セー」
「ラーふく”も却下!」
からかうのが面白いのか、飛んでも無い選曲をしてくる。
「なんでですか。完璧に歌えますよ、こなたんもびっくりです」
「こなたんて言うな気持ち悪い!流石に無理だろ」
「歌えますよ。さわりだけ歌いましょうか?」
オゾゾと震える僕に言い放つと、徐に、あーいまーい3cm、と歌い出す。おいおいなんだよそれ。そんなトコまでこいつはミラクルなのか。
「……。お前の喉どうなってんの?逆にそっくりすぎて引くんだけど」
ドン引きする僕に得意げに笑う。いやいや良く見ろ、あんまり褒めてないんだけど。
「完璧でしょう?ジャパニメーションならうろつき童子からジブリまで一通り押さえてますから、らき☆すた位なんでもないです」
「うろ……ってお前ね。色々疑われるからそれ言わない方がいいよ」
また眩暈と頭痛を感じてこめかみと眉間を同時に押さえた。
結局わぁわぁと言い合う内に父さんとのデュエットが回ってくる。なんだ竜崎上手いじゃないかと皆が驚いたのに満足して、彼は僕をからかう事を忘れた様だ。安心した。僕が国民的アイドルの有名すぎる曲を歌ったのにはきっちりつっこんだけれど。それから3時間近くもぐるぐると順番に歌って、久々の遊興に疲れ果て、ぐったりとする。もう飽きた、もういい、と思いだした頃、竜崎が
「ああ、流石にちょっと疲れました。月くん膝枕して下さい」
コテンと僕の膝に倒れ込んできた。
「え?いいけど」
と僕が返事するより早く僕の腰にしがみつき、すうすうとか細い寝息を立てて寝てしまった。
なんだかんだ言っても可愛いなぁなんて、竜崎のぴょんぴょんと跳ねた黒髪を撫で梳く。思わず綻ぶ口元にキスしたくてでもじっと我慢した。
不器用なこいつの事、結局自分が楽しむふりをして皆の為にこんなことをしたのだろう。可愛い奴だ。
今は皆の騒々しい歌を子守唄に少しでも眠るといいよ。
おやすみ、僕の竜崎。
「イッツショータイム! 竜崎に捧げます! 米米の“君がいるだけで”っ……!」
――――うん、聴いてないよ。松田さん。
end
なんかスミマセン……。