祭典





 偶の息抜きは、捜査員の士気を上げただろうか。
 少なくとも隣で眠る彼は、多少なりとも楽しんでいたようだ。彼が楽しんでくれたなら提案を飲んで良かったと思う。
 もともと言いだしたのは彼なのだから、楽しんでくれなくては「良い」と言った甲斐が無いとも思うけれど。何はともあれ良かったと思う。久々に私もお祭り気分を満喫したような気がするし、こんなに仕事をしないで催し物に興じたのは何年ぶりだろうか。もしかしたら子供の時以来かも……いや、あの頃から冷めていた私の事、もしかしたら純粋に楽しんだのは初めてかもしれない。
 すやすやと眠る彼と私の首筋に、昨夜競って付けた鬱血痕が生々しい。少し嬉しくなって、指先でつつとなぞって思わず笑った。

 一昨日の晩、弥が撮影で使ったとか何とか言ってサキュバスの衣装を持ってきた。ぺらぺらなホビー用品ばかりの仮装衣装に比べて断然質のいいそれを、「見て見て」と見せびらかす彼女に、何故か松田が食いついた。
 サキュバスの衣装だなんて、一体いつからエイティーンは成人向け雑誌になったのだ。
 呆れる私に、
「だってミサミサのモリガンですよ、いいじゃないですかぁ」
と松田は反論する。
「いや僕はモリガンよりリリスの方が……」
助け舟を出そうとした夜神までコケている。
やはりロリコンか夜神月、予想通りだ。カ○コンならヴァンパイアシリーズよりスト2(と言うより春麗)だし、マットと対戦したのが懐かしい。ってそんな事はどうでもいい。そもそも弥では胸が足りなくてモリガンにならないではないか。ってそれもどうでもいい。
 こんな事を考えていると、メジャーなスト2はともかくヴァンパイアにツッコムなんてお前ガイジンじゃなかったのかなどと言われそうだが、生憎私に知らない物など無い。……なんて、正直なところマットの受け売りだ。
 問題は弥が彼に猛アピールをしたいという事実と、露出見たさに乗り気になった捜査員(松田)だ。なんとしてもこの捜査本部で仮装大会に興じようと決めた彼らを宥めるのも面倒だ。
いいじゃないですか竜崎、と松田。ねえいいでしょう?と弥。一緒に並ぶ夜神も、明らかに賛同しているようだった。
確かに此処のところ行き詰っている。休む事も確かに必要だろう。
ふむどうしたものか、……と考えだしたら背後のモニタから提案があった。
「どうでしょう竜崎、明日はハロウィンですし、皆さんで息抜きされては?」
ワタリの提案に夜神が乗った。
「そうかハロウィンか。皆で仮装もするのも最近日本でもやるようになったし、いいんじゃないか?ミサがリリスやるなら竜崎はフェリシアやればいいんだし」
「馬鹿言わないで下さい月くん。あんな露出猫冗談じゃないですよ。百歩譲ってレイレイです」
ふん、と鼻で笑ってやる。どうしてヴァンパイアシリーズなんだか。
「キョンシーより化け猫の方がコスプレしやすいだろ?猫耳付けて脱げばいいだけだし」
「なんで脱がなきゃいけないんですかっ!そんなのワタリに言えばすぐ作れますよ。月くんこそ何に化けるつもりですか?」
「あっ!月くんならダンテとか良くない?あの衣装似合うよきっと」
と、松田が口をはさんでくる。ヴァンパイアからは抜けたがカプ○ンからは抜けられないらしい。ていうかダンテって……。驚くべきスタイリッシュだ。あのトンデモ衣装はなる程夜神に似合うだろう。
「……ワタリに作らせましょうか?」
思わず言った私だったが、暫く黙った彼は、曖昧な笑顔で勘弁してと漏らした。なんだ、ちょっと見たかったのに。
「でもさ竜崎、冗談はおいといてさ。本当に仮装しない?きっとお前キョンシー似合うよ。そしたら僕はドラキュラかなんかするし」
きっと楽しいよ、二人で吸血鬼同士なんてなんだか良くない?なんて笑うので、勢いでこっくり頷いてしまった。
 どうせやるなら準備があるからと、特にやる事も無かった夜神は久々に自宅に帰って行った。
決まったからには皆に告知だ。どうせ仕事は余り捗っていない。少しくらい息抜きが必要だろう。今日は早めに解散して、きちんと準備してくるように通達した。
 やるからには盛大に。どんな事でも手は抜かない。それが私流だ。

翌日、捜査本部一同で仕事を放り出してハロウィンを祝う事になった。
部屋のあちこちに、一晩でどうやって拵えたのか、夜神の作ったジャックオランタンが飾ってある。
私のたっての希望(というより命令)で、各々が溢れんばかりのお菓子持参だ。勿論私も抜かりなく用意してあるが、多分貰うつもりでいるのは私と弥だけだろう。カラフルな包み紙に心が躍る。
各自宛がわれた部屋で、それぞれが急ごしらえのコスチュームに身を包む。
模木がボルトの飛びだしたフランケン。相沢はありがちな殺人鬼ジェイソン。松田は無駄に情熱かけてメイクされたリアルなゾンビ。夜神局長はノリ切れなかったのか白衣だけ纏い、模木を造ったマッドサイエンティストと言い張った。松田を除いて、みなパーティーグッズ売り場で買ってきたような手抜きだったが、スーツだらけの普段を知っていると中々に面白い。
 私もワタリに用意してもらったので手抜きではあるが、ちゃんと本場から衣装を取り寄せたキョンシーだ。悲しいくらいにメイクが要らないので、着替えを手伝うワタリに笑われた。
私室を出て、さっき大袋からいくつか誤魔化したお菓子を口に放り込みながら本部へ向かう。
扉を開けるなり飛び込んできた、美貌の青年の姿に言葉を失った。
振り返るなり私を観察し、楽しそうに言う。
「顔色悪いから凄く似合うよ、竜崎」
笑顔が眩しいが、その褒め方は正直どうかと思う。
私のキョンシー姿に満足したようで、あちこち触れながら賛辞の言葉をくれる。これ本物の民族衣装?やっぱり似合うね、などと笑んでいる。
にっこりする彼は背筋も凍る美丈夫で、まさしく伯爵といった雰囲気だ。サキュバスな弥がキャアキャア言いながら「噛みついて」とか言っているが納得だ。こんな彼に首筋を噛まれたら弥じゃなくたってどうにかなってしまうだろう。そんな事を考えて少しくらくらした。
彼の腕に擦り寄る弥を眺めつつ、彼女の生き血を啜る彼を想像したらなんだか面白くなくて、ついつい弥をからかった。
「そんなに噛まれたいなら私が噛んであげますよ?私だってお国は違えど吸血鬼ですし。一緒に死後硬直してぴょんぴょん跳ねましょう」
「ええー、竜崎さんとお揃いなんてミサいや。息止めてお札貼るわよ」
途端にやかましく騒ぎ立てる弥と、負けずに反論する私に、夜神が僕らみんな吸血鬼だろう……と呆れた声を出した。
確かにそうだが放っておいてくれ。これは恋のライバルとの火花散る戦いなのだから。

 暫くぎゃんぎゃんと騒いでいたが、それにも飽きて、メインイベントへと移行する。
勿論お菓子の回収だ。
案の定お菓子を強請るのは私と弥だけだった。さっきまで火花を散らして見せたが、こういう事になると意気投合する。
 素晴らしい事に弥の用意したお菓子は、前から食べてみたかった限定販売の北海道名産だ。
「ミサさん素晴らしいセレクトです。お返しに私からはこれを」
「わっ凄い!コレあのカリスマパティシエのじゃない。予約も困難っていう!」
「昨夜特注で作らせました」
胸を張る私に、後ろから眺めていた彼が呆れた声を出す。
「そう言うところで力発揮するなよ……」
お菓子に関しては口を出される筋合いは無い。私はいつだって全力だ。
「月くんは何を用意してくれたんです?」
文句でなくて菓子を寄こせ、と、彼のぶら下げた袋を覗き込んだ。
「ああ、コレね。昨日帰ってから、母さんと粧裕巻き込んで作ったんだ」
はい、と私と弥に、ホイル紙に包まれた小ぶりな球体が手渡される。
ぺりぺりと紙を剥ぐと、中から芳醇なラムの香りが漂った。
「食べていいですか?」
「勿論どうぞ」
一口齧る。ラム酒のきいたケーキがビターチョコで綺麗にコーティングしてある。
「す!凄く美味しいですっ」
思わず震えた私の横で、
「ほんと……」
と、弥が複雑そうな顔をしている。この様子だと彼女は料理は不得手かもしれない。
「はは、いつでも何度でも強請っていいよ。まだいっぱいあるから」
「で、では月くん!トリックオァ……」
「はいはいはい」
言いかけた傍から丸いラムケーキを籠いっぱい寄こされて、私は満面の笑みを返した。夜神と言ったら何をさせても完璧だ。
弥というライバルが居はするが、こんな恋人が居るなんてつくづく私は幸せだな、と貰った菓子を弄びつつほくそ笑んだ。

一通り持ち寄った菓子を制覇してソファに座ると、悪魔の角と尻尾だけを燕尾服の上から身に付けたワタリが入ってきた。
カラカラと押しているワゴンの上に、カボチャのホールケーキと切り分けたピースのケーキが載っている。
「お待たせしました」
と、迷うことなく私の前にホールの方が、皆の方にピースのケーキが配られる。
目の前に運ばれてきた素晴らしく大きなカボチャのケーキ。
毎年感心するが、とても細かく飾りが施されている。本当にさりげなく、マジパンで出来たジャックオランタンが、歳の数だけ並んでいる。他人に気付かれない様に毎年祝ってくれる、恒例のワタリのスペシャルケーキだ。
「わぁ!すごいっすねえ竜崎、美味しそうだなあ」
歓声を上げる松田に釘を刺す。
「駄目ですよ、松田さん。このケーキは私のものです。皆さんはそちらを召しあがって下さい」
大丈夫ですよもう、と頬を膨らませる松田を横目にフォークを手に取ると、ケーキを凝視した夜神と目が合った。
「……なんです?月くん。まさかこのケーキに限って食べたいなんて言わないですよね?あげませんよ」
じっとこちらを見つめて何か言いたそうな顔をしたが、私の言葉に苦笑して
「いや、デカイケーキだと思って。食べすぎで腹壊すなよ」
とひらひら手を振った。少し気にはなったが、今気持ちは完全にケーキに移行している。なんなんですか、と呟いて、私は目の前のケーキに没頭する。
一年ぶりの特製ケーキの味に満足しつつ、沁み入る甘さにうっとりと息をついた。

 思わず疲労を感じるほど遊んでしまった私たちは、随分夜更けになってから私室に戻った。
昨夜は家に戻って居なかったが、今日は私の隣に彼が居る。
お互いに互いを労いつつ、楽しかったと零す彼に満足する。
「最初は面倒でしたが……月くんの伯爵ぶりは見事でした。楽しかったです」
「そういうお前も似合ってるよ、キョンシー。なんて言うか、妖怪似合うよなお前。白くて太陽に当たると火傷しそうだし。ずっとそういう格好してればいいのに」
「何言ってるんですか」
笑いながら、彼の首元の蝶ネクタイをくるくると弄ぶ。
せっかくの仮装も、美しい彼の前に早く脱いでしまいたい気分になる。と言うより、今日一日危険な彼の香りに惑わされ、日がなじりじりと燻っていた。
誘われるように彼の胸に額を擦りよせると、どちらからでも無く指が絡み合う。
言葉にするまでもなく、私たちはすっかりその気だ。
多分二人して、恋人になってから初めてのイベントに浮かれている。
「何度強請ってもいいと言いましたよね、月くん」
「うん、言ったね」
「今度は何をくれるんですか?」
蝶ネクタイの結び目に指を入れながら、トリックオアトリート、と今日何度も言った台詞をまた唱える。
「残念、お菓子はもう無いんだ」
だから、ね?と唇に薄い笑みを刻んで彼が私にのしかかる。
私の耳を噛みながら「好きなだけ悪戯して」と囁く彼に、密やかな笑い声を落としながら重なるように寝台に縺れこむ。
「お菓子が無くても、ご馳走は頂きますよ」
潜めた声を合図にして、私たちはあたたかな血の通う、互いの柔らかい皮膚に歯を立てた。



――――そして、現在に至る。
広い寝台の上、いつもの様に私の横に彼が居る。
寄り添って絡ませていた四肢を、起こさないようにそっと解く。
遮光カーテンの隙間から零れる陽射しに、朝の訪れを感じて伸びをする。
昨夜はいつまでとも解らないくらいに愛し合った。彼の触れる場所が熱くて溶けてしまいそうで、酷く幸福だった気がして気恥ずかしい。散々愛されて、どうやって終わったのか覚えていない。
別段思い入れがある訳でもないが、自分の生まれた日に、今まで知らなかった愛情でいっぱいにされて生の喜びを感じるのは、とても贅沢な気がした。
昨日は私の誕生日だった。
宣言する気は無いし、リスクを負ってまで言う事でも無いと思う。
ワタリが知っていてくれればそれでいい。
幸福感にそっと思い出し笑いをした。
ベッドサイドに腰かけた私の後ろで、もぞもぞと衣擦れの音がする。振り返ると彼が目覚めたところだった。
「ん。起きてたんだ、竜崎」
「はい。おはようございます」
さらさらと零れる栗色の髪に手を伸ばすと、くすぐったそうな声を出す。
お返しとばかりに抱き寄せられ、触れるだけのキスをされる。啄ばむように繰り返す唇を追いかけてちゅっと吸い取ると、嬉しそうに笑って彼が囁いた。
「遅くなったかもしれないけど。……おめでとう」
突然の言葉に、思わず唇を離して固まった。
「――――え?」
彼には告げていないし、ワタリが無断で教えるはずもない。何故彼からそんな言葉が出るのだろう。うっかり昨夜口走ったりしたのか?
瞬時に疑問でいっぱいになった私に、彼が窺うように
「昨日ってさ、確かにハロウィンだったけど、お祝いなんだろ?」
と問うた。
「……どうして、ですか?」
ひょんなことで知ってしまったのだろうか?こうして窺うところを見ると、確信しては居ないようだ。知られたところでどうにでもなるが、なるべくなら誤魔化したい。
出来る限り動揺せずに、流すように応える。
「ハロウィンのケーキってさ、普通あんなに豪華じゃないだろ?だから何かの特別な記念日かなって思って……竜崎の誕生日だったりしたら面白いなぁって」
ハズレ前提だから勘違いだったらごめんね、と、私の髪を撫でつつ微笑んだ。
ああ、それであんなにケーキを凝視して……。
思い切り瞬いてしまったが、彼としてはあてずっぽうだったのだ。
それでも、考えがそこに至ると何ともいえず嬉しくて胸が暖かくなる。
彼に祝って貰えた。一生叶わないと思っていたのに。いや、別に悲観していた訳じゃない。自分で決めた事だから後悔するつもりも無い。けれど望む事も無かった幸福が突然掌の中に現れて、思いがけず自分の人生が恵まれている事に気付かされた。
「昨日かどうかは別ですが……ありがとうございます」
「うん。言わなくていいよ」
自分に出来うる限り、目いっぱいで微笑んだ。
 そんな私を、彼が眩しそうに見つめている。眩しいのは彼の方なのに。
「秘密なのは知ってるから、別に決まった日じゃなくていいんだけど。でも、誕生日を祝いたいとは思ってる。竜崎が生まれて僕に出会ってくれた事、感謝してるんだ」
なんて、そんな事。私の方が感謝しているのに。
今まで何も持っていなかった。愛情なんて、文字でしか知らなかった。なにもかも彼が教えてくれた。
――――私は幸せだ。
「月くんがそう言うなら昨日が誕生日って事でいいですよ。何か下さるなら甘い物がいいです。昨日のラムケーキとか」
「……本当お前はそればっかりだね。せっかくだから形に残るもの贈りたいんだけど」
苦笑いしながら、それでもケーキは作ってくれると言う。
「指輪なんかどう、恋人っぽいだろ」
私の左薬指をぷらぷらとさせる。
言わんとする事が解って少し照れたが、悔しいので表には出さない。
「アクセサリーは好きじゃないです。……けど、月くんがどうしてもと言うなら左薬指は空けておきますよ」
夢見がちな提案を可愛らしいと思いつつ、それでもとても嬉しいと思う。
「憎たらしい言い方だなぁ。まぁでも言質は取ったからな。空けとけよ、左手」
「解りました。どうせならデザインから作ってペアリングにしましょうか。考えるのは月くんですけど」
「いいよ、任せろ。こう見えてなかなかだと思うよ」
「心配です」
「……言ってろ」
彼が私の為だけに作った物を、離さず身につけているのも悪くない。同じものを大事にするのは、もっとずっと悪くない。
そうして私はどんどん孤独から遠ざかる。
少しずつ浸食されていくのを心地よく思う日が来るとは、人間何が起こるか解らない。
「指輪もいいですけど、出来れば来年もハロウィンのお祝いしたいです」
「うん、絶対やろう。来年こそフェリシアね」
「……まだ言いますか」
おどける額を指ではじく。
彼とする約束ならば、きっとどんな物でも宝になる。
誕生日で無くてもいい。大して思い入れは無いし、そこは変わらない。
けれどもしかしたら、誕生日だからこそより良いのかも知れない。
いつか告げる日が来るだろうか。もし告げたら彼は喜ぶだろうか。私にとって、本当に誕生日が特別になる日が来るのだろうか。
どんな形であれ、思い描く未来の私の傍らに彼が居てくれるよう、心から祈る。
次の年も、その次の年も。ずっとずっと共に。
「約束ですよ」
「約束するよ」
二人で描く未来の日に、両手いっぱいの彼のお菓子と、誓いの指輪と、優しいその笑顔がありますように。
くいと近づけたそれに想いを乗せて、彼の唇が飛びきり甘く私を食んだ。

「Happy Halloween」






end