喧嘩上等





些細な事でまた喧嘩をした。
僕らの喧嘩は口で済むような生易しいものではなくて、かなりの高確率で体当たりになる。
手が出たり、足が出たり、時々頭や歯が出たりと、とにかく何でもありだ。
大体僕から仕掛けている気もするが、殆どの場合気配を察した竜崎が同時に反撃するのでどっちもどっちだ。
そもそも脳が互角なんだから口先も互角な訳で、口論で相手を言い負かすなんてまず不可能。
実力行使に出るのは当然の結果だ。
……とは言っても、残念と言うべきか面白いと言うべきか、力もスタミナも互角だったりするので厄介だ。

今日もなんだったか良く思いだせないような理由で殴り合いが始まった。
30分以上もどたばたと殴り合い蹴り合いして、馬乗りになった竜崎に腕をがっぷり噛まれて悲鳴を上げた所で力尽きた。

「おま……、こんなに噛んだら跡になるだろ」

ぜいぜいと二人して肩で息をしながら、床にデロっと転がる。
面倒になったのか竜崎は相変わらず僕の上だ。腹の上でぐったりと伸びている。
心配になるくらいの痩せっぽちだけど、内臓を圧迫されるとやはり重い。
僕の上を転がりながら、袖をまくって見せた歯型くっきりの腕を眺めて、ふんと笑い

「良い気味です」

などとのたまった。可愛くない奴。
竜崎も、何度も僕に引っ張られて伸びきった襟ぐりを恨めしそうに摘まんでいる。
ああもうお気に入りだったのに、なんて、僕から見たらどのシャツも同じに見えるよ全く。

「ほら、お前が勝ったんだから何でも好きな事言えよ」

ぶすくれる腹の上の竜崎にぞんざいに声をかける。
最近の平和的解決方法の一つだ。
負けを認めた方が、勝った方の言う事を一つ聞く。
喧嘩の前は認められないけれど、疲労困憊するまで暴れた後では割とすっきり認められたりするものだ。
今日は僕が最後に噛まれたところで終わったから僕の負け。
はっきりしていて悪くない。

「それともいつもみたいに辞退するつもり?」

こんなルールを作っておいて、しかし竜崎は滅多に言い分を通したりしない。
私の方が大人です、とはこいつの言いそうなことではあるが。面白くはない。
ちろりとこちらを眺める竜崎に、にやと笑って問いかける。

「偶にはお前のお願い、聞いてみたいんだけど」

負けたくせに余裕ぶって言ってやれば、途端に不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
解りやすいよ本当。それで年上面するんだからふてぶてしいというか何と言うか。
暫く逡巡していた様子だが、何を思い付いたか目がきらりとした。

「……では……月くん。好きだと、言って下さい」
「……何。それ」

呆気に取られる。
僕の反応が気に入ったのか予想通りだったのか、竜崎はにやぁと笑った。
思わず項垂れたくなるほど不気味だ。
しかしそんな所も堪らなく可愛いと思っている僕は、更にどうしようもない感じなのかもしれない。
途端に機嫌を良くした竜崎が、僕の上に乗ったまますりすりと身体を寄せて来る。
こういう事を滅多にしないだけあって、されると弱い。暴走しそうになる。

「愛していると、言って下さい。私が壊れるまで」

胸に額を擦りつけながら、面白そうに笑う。

「あのなぁ……」

はぁとため息がでる。そんな事言われても罰ゲームにも何にもならないんだけど。

「喜ばせてどうするんだよ」

力なく文句を垂れるのはめくらましでしかない。
本当は有頂天だ。全く馬鹿にされている。
解っていて竜崎は僕を窮地に追いやる。

「抱き締めて、離さないで下さい」

言われるまま、ふふと笑う痩躯をしっかり抱きしめる。

「……知らないからな」
「望むところです」

全くもって敵わない。こうなると完敗だ。
いつの間に操縦されるようになってしまったのか、悔しいけれど、答えの解る日など来ないのだろう。
目の前に餌を宛がわれて、飛び付かないで居られるほど人間出来ていない。
ああもう、僕の負け。負けだよ。

「おや、流石の若い月くんもスタミナ切れですか」

腰を撫でただけで止まった僕に可愛くないことを言う。
なんだよせっかく感激して浸っていたのに。

「馬鹿言え。さっきのは準備運動だ」
「そう来なくては」

くすくすと笑う唇を塞いでやろうと、竜崎の顎に手をかける。
……そうとも、これからが本番だ。
内心そんな風に己を鼓舞しつつ、しかしさっきの喧嘩の分まで体力があれば、などと下らない事を考えつつ、僕は目の前の減らず口を思い切り吸い取った。






end