可愛くない
今日は恒例ミサとのデートの日、だ。竜崎付きの。
ミサとの会話はそれなりに気分転換にはなるけれど、きんきんした高音が耳に痛い。
ミサはアイドルだけあって確かに見た目はいいけれど、僕は何を考えていたのだろう、この子と付き合う様になった経緯とか、今となっては全く理解できない。
流石に多少の仲間意識はあるが、好きとかそういうレベルでは無かった。残念ながら。
だから正直この時間は苦痛だ。
早く捜査に戻りたい。
手錠で繋がれた先の竜崎は、無関心な顔でテーブルのケーキをつついている。
まぁいつものことだ。
「ライトー。ライトは可愛い系と綺麗系、どっちが好みのタイプ?」
ミサが目をきらきらさせて聞いてくる。
「うーん」
相変わらず下らない質問だ。
正直どっちも興味はない。多少は影響するが、外見なんてどうでもいい。
というか僕は他人に興味なんかない。
けれどミサを邪険にすると後が面倒だったから、考える振りだけしてミサの気に入る答えを用意する。
「そうだなぁ、やっぱり守ってあげたくなる可愛い子、かな」
はは、とミサの好きな笑顔を向ける。
ミサはどちらかと考えるまでもなく、綺麗系ではなく可愛い系だ。
だからこれで正解。
案の定ぽわんとして嬉しそうにそっかぁ〜なんて言っている。
全く女なんて簡単なものだ。
ああ、早くモニタールームに戻りたい。
「なんか顔赤くないか?」
「……え?」
漸くモニタールームに戻って小一時間余り経った頃、ふと視界に入った竜崎の顔色がいつもと違うのに気付いた。
呼びかけたと同時にこちらを向く白い額に手を当てる。
――――熱い。かなり熱い。
「熱あるじゃないか」
「……」
額にかざした掌を上目遣いに見上げ、首をかくっと横に倒す。
「そうですか?」
「そうですか、じゃないよ。何度だよこれ、相当あるぞ」
「はぁ」
右手の親指を口元に持っていくと、ぐにぐにと唇を弄りだした。何か考えているようだ。
「ともかくいったん寝室へ行けよ。体温はかって薬飲んで寝ろ」
心配して口を吐いた言葉に、竜崎はあからさまにむっとした表情で返す。
「……月くんに心配して頂かなくて結構です」
ふい、と顔を背け、僕の掌から遠ざかった。思わずため息が出る。
全く世話焼きの長男気質は、こういう時に不便だ。どうしても気になってしまう。
「熱があるんだから、こういうときは休まなくちゃ駄目だろ?お前が倒れたら捜査自体が行き詰るんだ。まだ体力に余裕があるうちに横になって治しておけよ」
「私の自己管理不足です。なので月くんに迷惑はかけられません。私は大丈夫ですから気にせずここで捜査を続けて下さい。私、結構頑丈です」
そっぽを向いたまま一気に答える様子に、こいつもいい加減負けず嫌いだ、と思い知る。
「……お前なぁ……」
「なんですか」
「可愛くないよ、そういうの」
「……」
可愛くなくて結構です、とでも言うのだろう。……と思ったら、黙って固まった。
「何」
「……いえ、その」
「なんだよ」
じっとこちらを見つめるので、なんだか居心地が悪くてつっけんどんに返す。
言いにくそうに、でももごもごと口ごもりながら眉間にしわを寄せて問うてきた。
「可愛く、無いですか」
「は?……ああ、まぁ、可愛くないね」
暫く考え込む竜崎。
ややあってから、
「どうすれば可愛いですか?」
と聞いた。
どうすればって、お前。大の男がどんな事したって可愛くないに決まってる。
けれど竜崎はなんだか真剣だ。
仕方ないのでその場凌ぎの言葉を探す。
「えーと……そうだな。こういうときは大人しく“そうします”とか“ありがとうございます”とか。後は……うーん。体調悪いんだから思い切って甘える、とか?」
「甘える、ですか」
「う、ん。例えばだけどね」
竜崎は小さくそうですか、と零し、またぐにぐにと唇を弄び始めた。
うろうろと彷徨わせた視線をややしてから僕に合わせる。
「甘える、とは、具体的にどうすればいいんですか?」
と、変な事を聞いてくる。
「だから、そのままだけど。親兄弟にするみたいでいいんじゃないの?」
「……親兄弟が居なくて解らない時はどうすればいいんですか?」
「え?うーん、じゃぁそうだな、“計って下さい”とか?“看病して下さい”とか……かな」
苦し紛れに適当な事を言ってみた。
すると竜崎はほんのり赤く見えた目元を更に赤くしておどおどし、おもむろに
「……では……月くん、計って下さい」
と言って俯いた。――――って、ええ?今こいつなんて言った?
絶句していると
「あの、可愛くないですか?」
駄目ですか、と言って椅子にあげている足をもじもじと擦り合わせた。
目元だけだった赤味がさぁっと頬にも差す。
何だこれ。なんか……可愛いかも。
「いや、うーん。まぁ、可愛い、かな」
なんだかどぎまぎしてしどろもどろに言った。
「月くん」
「ん?」
「……看病、して下さいませんか」
「え?」
かじかじと指を齧りながら上目遣いに聞いてきた。
なんだこいつ。可愛いじゃないか。って、あれ?僕は一体。
首をこてんと倒し、覗き込むように見上げてくる。
いつも青白く蝋人形みたいな頬が、熱に浮かされて桜色に染まっている。
高熱の所為か、心なしか目もうるうると潤んでいて。
あれ、可愛いぞ。これは間違いなく可愛い。……と思う。かなりツボだ。
ってこれは長男気質がさせる悪戯であって、庇護欲が掻き立てられているだけであって、決して竜崎がどうとかそういうわけではなく。
だってこんな貧相な男、不気味なだけで興味なんかない。
ああでも黒い猫耳なんかつけたら凄く好みかもしれない。
氷枕なんか用意して、時々濡れタオルで身体の汗も拭いてやって。
そう言えばこいつの裸は入浴で見慣れているけれど、実際触ったことはほとんどないな。
添い寝してじっくり撫でてやるのもいいかもしれない。
真黒なその髪を撫でながらさっき触れた白い額にキスなんかしてやれば、こいつはきっと目を細めて……ってあれ、僕はさっきから一体。
一気にそこまで妄想して押し黙った僕に、竜崎は不安そうな様子で息を吐き、
「やっぱり私なんて……可愛くないですよね」
と肩を落とした。
その様子がなんだか可哀想で、しかもそれすら可愛く見えて焦ったので
「いや、結構可愛いよ。でもなんで、そんな事……」
と疑問を口にした。
その問いに、竜崎は目をぱちくりさせてから気まずそうに視線を逸らした。
大体こいつが目線をずらす事自体が珍しい。
「それ……は。その。……月くんが、可愛い方が好きだ、とミサさんに言っていたので……」
「――――え?」
なんだって?僕か?僕なのか。
無関心な顔しておいてミサとの会話をちゃんと聞いていたのか。
というより今大事なのはそっちじゃない。月くんが、と言わなかったかこいつは。つまりどういうことだ、僕が可愛い方が好きだから可愛くしたいと言っている、ということは。あれ、もしかして。……どうしよう。
「す、みません。今の忘れてください……」
語尾が消え入りそうになっている。俯いて膝に顔を埋めてしまったこいつが今どうしようもなく可愛く見える。
だってこいつ、僕に気に入られたいだなんて、なんだかいじらしいじゃないか。
思わず考えるより先に手が出る。この辺は悲しい男の性だ。
黒い髪に手を伸ばして撫でてから、するりと下ろして顎に指をかける。
「?」
訝る竜崎なんかお構いなしに顔をついとあげさせる。
「いや、可愛いよ、竜崎。凄く可愛い」
目線を合わせて、思いっきり真剣に言ってしまった。
「…………っ」
手の中の竜崎の顔がみるみる真っ赤になる。
ああ、なんだ。こいつはこんなに可愛いヤツだったのか。今まで気付かなかった僕は大馬鹿だ。
なんだかんだ理由を付けて僕を縛りつけておいて、でも気に入られたくておどおどするなんて、こいつらしくなくていいじゃないか。
そうかぁ、そうだったのかぁ、あの竜崎がねぇ。なんて、思わず顔が緩む。
「うん。いいよ。看病してあげる」
にっこりと、いつもはミサに無理に作っている笑顔が自然に出た。
僕を凝視しながら、ぱしぱし、と音が出そうな瞬きを繰り返し、竜崎はほんのりと上気させた頬を一層赤らめた。
一回可愛く見えだしたら、とことん可愛く見える造形らしい。もうどんなに不気味でも僕の目には麗しくうつるに違いない。
しかもこいつは僕にご執心だ。これからは僕だけの子猫ちゃん……ってこういう思考が昭和だとか言われるのか?まぁいいか、僕は紛う事なき昭和生まれだ。
手の中に大人しく収まっている竜崎にキスしたくなって、ぐぐっと上体を近づける。
都合のいいことに、今本部には誰もいない。こういうのは勢いだ。
「え、ちょ」
躊躇い無く近づけた僕の顔を、竜崎の白い掌がはしっと止める。
「……何」
勢いを殺がれて僅かにむっとした声が出る。
「何……って、何する気ですか」
愚問だな。見ていて解らないのか。
「キスだけど」
「そ、れくらいは解ります」
染めたままの頬をぷうっと膨らませる竜崎。
「……駄目?」
「駄目、です」
「じゃぁ、厭?」
「……厭、じゃないですけど」
「そしたらなんで?」
「……うつり、ます。風邪」
なんだ、厭じゃないんだ。やっぱり可愛いじゃないか。僕は竜崎の風邪ならうつってもいいんだけどね。
でも手錠で繋がっている以上、二人で倒れたら確かに後が大変かもな。
「仕方ないな」
「……」
身体を離して黒髪のてっぺんをぽんぽんと撫でた。
竜崎は安堵の息を吐きながら上目遣いにこちらを伺い、でも少し残念そうに俯いた。多分見間違いでも希望的観測でもない。
キスなんていつでもしてあげるのに。本当可愛いやつ。
俯いて身体を縮める竜崎の両脇に手を滑らせる。よっと持ち上げて椅子から立たせると不思議そうな顔をした。
「看病。するって言ったろ?寝室に行くよ」
そう告げると、竜崎はどんぐり眼をまたぱしぱしと瞬かせた。
「あの、本当に?」
「勿論」
暫くまんまるにした目でこちらを見つめていたが、ややしてからついと手を差し出して、
「では、寝室まで手を引いてくれますか」
そう言ってほわりと微笑んだ。
おどけてかしこまりました、と手を取ればなんですかそれとくすくす笑う。
「お礼はキスでいいから」
「……馬鹿ですね」
なんて、そんな軽口を叩きつつ、一緒に過ごしているプライベートルームへ向かう。
後ろから着いてくる声が、では治ったら、と小さく呟くのを聞いて、やっぱり可愛いなと僕は笑みを深くした。
end