春の嵐
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――――この学校も大して面白くない。
二年の終業式を終えて僕が持つ高校への感想もこんなもんだ。
もうちょっとホネのある奴が居てもいいんじゃないかと思っていたが、やはり期待するだけ無駄なのかも知れない。
何処へ行ったって飛び抜けて頭が切れると言われる僕にしてみれば(断じて自慢ではない)都内から通える範囲で最難関と誉れ高い高校もこんなもんだ。もうちょっと面白いことがあるといいのに、と一年の時は青くもがっかりしてみたが、二年の終わりにもなる今となっては期待するのも虚しいだけだと分かっている。
校庭をぐるりと囲む桜並木に蕾が付いている。この終業式を終えて春休みをはさみ、始業式をする頃にはきっと満開だろう。桜は嫌いじゃない。美しくて潔い。新学期はせめて満開の桜を眺めて灰色の毎日を少しでも彩れれば、なんてぼんやり考えて、僕はこれ以上ない成績の通知票を鞄にしまった。
A
では転入生を紹介する、と担任の声が教室に響く。三年の始業式の日だ。
意外な展開に教室はざわめいた。受験用カリキュラムの組まれた超進学校に三年で転入なんて普通考えられないからだ。
入りなさいと促されて現れた長身はひょろりと痩せていてこの高校のブレザーとは違った学ランをまとっている。黒目がちの大きな目は、かわいげと言うよりむしろ不気味でどろりとしており、抜けるような白い肌に黒々と隈を作っていた。多分僕と同じ位はあるだあろう高身長は猫背の所為でぽっきりと折れ、じっとり周囲を伺う印象が何ともちかよりがたい雰囲気だった。
「竜崎くん、自己紹介を」
偉そうにするだけが能みたいな担任が促すと、その竜崎とやらが重そうに口を開く
「竜崎エルです。どうも制服が間に合いませんで」
そういってシニカルに笑って見せた。気にくわない奴、とみんなが思っただろうけれど、僕は何となく心が躍った。桜吹雪と一緒にエキセントリックで骨のある奴、が嵐みたいに現れたような気がしたからだ。
B
竜崎は案の定とんでもない奴だった。というか一筋縄でいかない。成績は僕と同じで満点首位だし、だからといって優等生な訳でもなくいつも菓子を食べこぼしては自分の椅子に足を上げて座っている。話しかければ返事はするけれど自分から何か言うこともないのに、どうしようもない存在感を放っていた。
僕の通っている高校はGW前にちょっとした球技大会がある。進学校だけにあまり本格的でもないが、文武両道を目指した学校でもあるのでそれなりに盛り上がる。クラス替え後の親睦を深めるのにも役立っているようで皆イヤとは言わない。
僕は中学の時得意としていたテニスを毎年推されてやるのだが、なぜかそれに竜崎も立候補した。彼曰く、他に得意な物がない、だそうだ。嘘っぽいけど。
シングル戦は二人して決勝に勝ち進み、辛くも僕が優勝した。珍しくダブルスを組んで挑んだ試合はこれ以上ない位おもしろくて楽しくて、なにも言わないで意図を汲んでもらえるなんて初めてのことで、僕はこの大会がずっと終わらなければいいのに、なんて本気で思ってしまった。
悔しいけれど竜崎とは最高に相性がいいようだ。負けたくない、けれどもうちょっと距離が近くならないかな、なんて思いつつ、僕らは勝利のハイタッチをした。
C
竜崎と少し仲良くなれたかな、なんて思っているうちに夏休みがきた。この学校の休み期間と言えばとにかく宿題が多い。満点首位の僕らが苦労する物は特にないので一緒に遊ぶついでにとにかく量ばかりの課題をこなさないかと自室に誘った。
竜崎は頭もいいし、話していると面白い。話題が尽きないし刺激になることも多くて、僕は次第に竜崎に夢中になっていった。
自室の小さいテーブルで額をつけあうように勉強していると、不意にこいつが修学旅行に居ればどんなに楽しかっただろうと灰色の日々を思い出した。
竜崎、と甘く呼びかけるとちらりと視線がこちらに向く。口には出さないけれど女の子にするように好きだよ、なんて言ってみてこうやって暗がりで口説いたりして、そっと顎を……
くいと竜崎のおとがいを持ち上げると、なにを思ったかややして竜崎の瞼がすとんと落ちた。引力に逆らうことなく唇を近づけて、触れ合う直前の竜崎の吐息で我に返った。
「……ぁ……」
「…………しないんですか」
「う、うん。ごめん」
「そうですか、では離してください」
「ごめん」
「なぜ謝るんです?」
「あ、いやその……」
「まぁいいです。課題を終わらせましょう。そしたらファミレスにパフェ食べに行きましょうね」
そう竜崎が笑ったので、話はそれきりになってしまった。
D
意識し始めたのはそれからだった。
竜崎のことを考えるとどうしようもなく胸が高鳴る。というかそわそわしてしまう。なんであのときキスしておかなかったんだとか、いや、もしキスなんてしていたら竜崎と友達では居られなかったとかなんとかかんとか。
本当に僕はそれでぼうっとしていたんだと思う。竜崎と並んで人気のない移動教室への階段を下りているとき、うっかり階段を踏み外した。
夜神くん!と耳元で声が聞こえたと思ったらどう言うわけだか僕をかばったらしき竜崎が階段を転げ落ちるところで、僕は何の迷いもなく竜崎の方に飛び込んだ。
危うく何段も落っこちるところだったけれど、二人して運動神経はいい方だ。僕がひっぱったのが幸いして、倒れはしたけれど竜崎を抱き込んで段差の部分に押さえつけ、僕も竜崎も落ちることはなかった。ただ驚いていたので二人してお互いの身体をぎゅうぎゅうと抱きしめあっていた。
誰もいない階段で、ふたりで抱きしめあって。
竜崎は僕をかばって落ちそうになった。僕も竜崎が怪我するくらいなら自分が骨折でもしたほうがマシだと思った。
「良かった……」
僕のつぶやきは
「夜神くん怪我してます」
という竜崎の声に掻き消えた。竜崎を抱きしめた腕が少しだけすりむけて血が出ていた。
竜崎がなにも言わずにそこを舐めた。ぴりっとして、あまったるくて、とても気持ちが良くて。
次の瞬間見つめ合うと、僕たちは迷いもせずに唇を深く深く貪りあっていた。
甘い竜崎の唇。
もう二度と離したくないと僕は本気でそう思った。
E
秋から冬にかけて僕達は晴れて恋人になった。……らしい。その前に一悶着あった。僕が竜崎に告白したんだけれど、実際あのときキスするようにし向けたのは自分なんだから私のお陰で成就したんですとかなんとかいっちゃって竜崎はなかなかに手強かった。
よく考えればどっちがどっちでもイイ話なんだけど、一回むきになってしまった僕らは恋愛成就そうそう痴話喧嘩をしたわけだ。
「なに言ってるんですか。馬鹿にしないでください一目惚れしたのは私です。あなたはどうせ不気味だとか思っていたんでしょう?テニスだって本当は……」
そこまで言って竜崎は口を噤んだ。どうでも良い話題がいつの間にか本気の喧嘩に発展しそうだった。
「あなたがキスしなかったときだって私は本気だったのにあなたはただの戯れで、私がなにも思わなかったとでも……!」
涙目にまでなってそんな事を訴えるので僕も本気になった。
「違う、戯れなんかじゃないよあのときは本当にしたくて、でも竜崎は僕なんか」
「なに言ってるんですか、あなたみたいな人がそうごろごろ居てたまりますか。あなたじゃないと厭だって私は」
そんな話をはじめてふと我に返った。馬鹿馬鹿しいくらい恥ずかしい話をしているんじゃないだろうか。
珍しく僕から「悪かったよ。そんなに僕を好きだなんて知らなかった」なんて言ったら竜崎は真っ赤になってそっぽを向いた。なんだかんだお互い本気なのには間違いないらしい。ほっぺにちゅ、で喧嘩はおしまい。
F
バレンタインデー、僕らの周りは戦場だ。我先にと持ってくる女子の人だかりができる。竜崎もそれなりに人気で両手いっぱいのチョコを貰って嬉しそうにしていた。多分モテるとかモテないとかじゃなく、チョコがたくさんある状況が嬉しいのだろう。当然僕もご機嫌取りの為以上の気持ちたっぷりでチョコは渡したけれども。
そんなバレンタインデー前日、竜崎はパン食にしましょうと言っていた。
パンの日は弁当を持ってこないことになっている。それを知っている竜崎がそんな事を言っておいて、手を傷だらけにして二人分の弁当を持ってきたのには可愛くてノックアウトされてしまった。まさかのバレンタイン弁当。甘党じゃない僕の為に弁当にしたという。
竜崎の弁当はワタリさんが手伝って(作って)くれたとかで大変なごちそうだった。
実はそんなに作れなかったとしょぼくれる竜崎は、それでもタコウィンナーとハート型にふりかけた桜でんぶは自分でやったのだと主張して、あまりの愛おしさに学内ということも忘れて僕は屋上に引っ張っていって思い切りキスをした。
デザートもありますよ、と満腹の僕にいうので流石に今は無理と断ると、じゃぁ今日終わったらウチ食べに来ませんかと竜崎が言うのに僕は賛同した。
デザートが竜崎だったらなぁなんて馬鹿みたいな夢を描いていた僕だったが、そのまさかが起きた。シャワーはどちらが先に?と甘く僕誘惑する竜崎に、僕はたまらずその場でがっつりと頂いてしまった。
G
「進路はどうするつもりなんだ」
「イギリスに行こうと思っています。私向こうに家があって継がないといけないんですよね。」
「なんだよ同じ大学行こうよ、それくらいどうにかならないのか」
「こちらにはこちらの都合があるんですよ」
「僕より大事なことなのか」
「くだらない質問は嫌いです」
「どういう意味だよ」
「そういう意味ですが。この話は終わりです」
「……馬鹿野郎」
そんな会話が確かにあった。けれどそれはもっと何度も話し合われるべき議題だと信じていた僕は、竜崎に何度も何度も持ちかけてはすげなくはぐらかされていた。気がついたら卒業式も間近だ。竜崎も一応こちらの大学受験をしていてふたりで東応大の合格通知を手に入れていた。もう進路なんてとっくに決まっているはずだった。
二人でアパートなんか探して、一緒の大学に行って一緒に暮らしてあわよくばまたホワイトデーにセックスもしたりして。(竜崎はバレンタインの一回こっきりしかさせてくれていなかったので)それで青春謳歌しまくった大学生活を送るのも悪くないなんて思っていたのに、竜崎はイギリスに帰るんだと言ったきり僕との生活を拒んでいた。
そんなものだったんだろうか。僕と竜崎との関係は。僕は唯一無二を見つけたつもりで居たのに。
……僕は悔しくなって、帰り道の川縁で夕日に向かって少しだけ泣いた。
H
竜崎とは相変わらず一緒に過ごしていたけれど恋人らしいことはめっきり減った。帰国の件があるからだ、仕方ない。その話になると喧嘩になりかねないので僕らの逢瀬は段々と淡泊な物になっていった。もちろん気持ちがなくなった訳じゃなくて、僕はむしろその逆で、竜崎に焦がれて焦がれてたまらなかったけれど、竜崎はいつもの無表情な魚みたいな顔で淡々としていた。僕から見たらかわいくて仕方なかったけれど。
気がついたら卒業式当日だった。卒業生代表は生徒会長を務めていた僕の役割だった。
やはり竜崎の手前背筋が伸びる。あいつは猫背だけれども。カッコ悪いところなんて見せられなかった。
竜崎は僕にとって特別だった。この一年楽しかった。今まで人生なんて灰色をしているんだと勝手に思っていた。見つけられなかっただけなんだ。
僕は思いの丈を込めて竜崎に届くように熱烈な卒業生代表の挨拶をして見せた。クールが定評の僕の熱っぽい言葉に皆意外な顔をみせつつ涙する者が多かった。本気の言葉は人の心を動かすんだ。肝心の竜崎はふてくされたようにそっぽを向いていたけれど、僕は彼が照れているんだと言うことくらいすぐに解った。
本当に楽しかった。ずっと一緒に居たかった。時がとまればいいと本気で思っていた。
竜崎、おまえに会えたからだ。
なぁ、お前は行ってしまうのか。
I
東応大の入学式、竜崎はイギリスに行くからと言う理由で辞退して、僕独りの挨拶になった。
世界はまた灰色だった。竜崎という鮮やかな色彩が僕からなくなってしまって、僕はうんだこの世界でどうやって生きればいいのかすでにもう解らなくなっていた。
竜崎が恋しい、竜崎に会いたい。もう一度抱きしめたい、キスしたい。多くは望まない。もう一度肌の温度を確かめられれば。
挨拶の途中幻想をみた。
正面の入り口にこんな式典だというのに白い長袖Tシャツとブルージーンズの竜崎が立っていた。そばにはワタリさんまでいる。
ああ、あいたくてあいたくて、僕はこんなところでまで竜崎を……――――。
涙を堪えながら答辞を読み上げる僕に、竜崎の幻想が近づいてくる。彼はとんとんと壇上に上がって僕の横に立つ。幻の筈なのに周りが思い切りざわめいていた。
文末に代表夜神月、と締めたら隣の竜崎が
「同じく代表竜崎エル」
と続けて僕にウィンクして見せた。
あれ、なんだこれ、幻じゃない……?
「竜崎?」
「はい、なんですか月くん」
「竜崎!」
僕はうれしくて人目も気にせず壇上で力一杯竜崎を抱きしめてしまった。
「……そういうわけでみなさん、この人は私のものなのでちょっかい出さないように」
竜崎は面白そうに笑うと、良くわからない万雷の拍手の中僕の頬にキスをした。
竜崎がこの話をしなかったのは、向こうの人の説得やらいろいろに時間が掛かって絶対と言えないから、というなんとも竜崎らしい理由な上に、僕を驚かせたかったという可愛い理由だった。
そんなこんなで、今は時間をかけて竜崎好みに仕立てられた11畳の小さい部屋で、二人で楽しく学生生活送っている。
こいつがやってきた桜吹雪の空を、これからも何度も何度も一緒にみたいと思っている。春は竜崎がやってくる、嵐の季節だ。
end