ヒプノアニマルL
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今日は別行動にしましょう、なんて竜崎が言うものだから拍子抜けする。
こんなことは滅多に、というか今までなかったので正直どうしていいかわからない。
監視カメラが重点的に僕の周りに設置され、外したら極刑です、
なんて怖い事を言いながら発信機と盗聴器をいくつも服に仕込まれた。
……仕込まれた、というより、それの所為で服が重くなるほどだ。
ここまで厳重にするならば別行動なんてしなければいいのに。
けれどここに来て初めての、左腕が重くない日、である。
ビル内なら自由に歩き回っていいと言われて、「別に」なんて最初は思っていたものの、
思いの外自由になる行動範囲に用が無くても歩き回りたくなって、あちこち散策しようかとモニタルームを後にする。
無駄に贅沢に作られたビルは、無機質なのに足音が飲み込まれる程に毛足の長い絨毯なんか敷き詰めてあって、
なるほど流石だななんて今更ながらに思う。
竜崎が後からくっついてくる(もしくは引っ張っていく)毎日ではそんな事考える暇もなく、ヤツばかりを目で追っていた気がする。
大体僕はどうしてあんなに彼の事が気になるんだろうと、これまた今更な事を考える。
気がついたら愛おしくて堪らなくて、欲望のままに言いくるめてやることもしっかりやっている。
……んだから、なんでだろう、なんて本当に今更だ。
けれど、あの貧相な体躯にのっぺりとした相貌とギョロ目を思い出すだに、
どうして彼しかいないと頑なに信じているのか解らなくなる時もあるのだ。
触れれば氷のように溶けてなくなってしまう感覚だけれども。
こんな風に執着しているのは無論僕だけの話であって、彼はやっぱりキラを追いかけたくて、
僕の中に綻びを見つけたくて話に乗っているのだろうと思う。……というかそうなんだろうな。
残念ながら彼から好きだとか愛しているとかそういう甘い言葉は一つもなくて、
いつだってあのギョロ目を僕に向けてひたすら観察している風だ。
偶に僕が余所を向いてもあの視線は執拗に付いて来て、顔を向ければ背けられる。
けれど、そこには恥じらいとか焦りとかそんな可愛いものは存在しなくて、
ひたすら無機質なまでの硬質な感情ばかりが漂っている。
観察している、見ている、逃さない、というアピールに過ぎないのだろう。
あの可愛げのない瞳が、いつの日か僕に向けて色を帯びることがあるのだろうか。
直向きなまでに一心に見つめてくるその内心が、僕への愛情だったらどんなにいいか。
……考えてもせんないことだ、と解っているからせつないのだけれど、でも望むくらいは許してほしい。
いくら落ち着いているとか大人だと言われても、所詮僕は思春期の域を出ない十代だ。
恋愛に夢くらい見たい。しかも一世一代の初恋ならばこそ。
彼にとびきりの幻想を見出してしまうんだ。
-2-
さて、ここはどこだろう、と辺りを見回して独りごちる。
廊下に置かれた調度品が他のフロアよりも質がいい。
勿論全フロア抜かりなく素晴らしいものが置いてあるのだが、
他のフロアが量産品なのに比べてここのは見当もつかない代物ばかりだ。
ロココ調のフランス家具がところどころにさりげなく、けれど圧倒的な存在感で設置されている。
今まで来たことが無い事も考えると、ここはLのプライベートゾーンなのかもしれない。怒られるかな。
一通り奥まで歩いて引き返すことにする。
行動が完全に把握されているとはいえ、こんなところをうろうろして詮索しているとか言われたらあとで面倒だと思った。
つきあたりをUターンして戻ろうとすると、中ほどの扉が開き、本部では見慣れない老紳士が出てくるのが見えた。
半ば開いたドアの向こうに、ソファにぐったりとしている竜崎の姿が見えて一瞬首筋が冷える。
どういうことだ?出かけたんじゃなかったのか。
「りゅう……」
「ああ、月さん、お静かに」
思わず声を掛けそうになった僕を老紳士が呼びとめる。
なんだこいつ、僕を知ってる?Lの身内か?あ、もしかして
「ご挨拶していませんでしたな、お察しのように私がワタリです。
竜崎には秘密にするよう言われていましたが、先日本人がネタ明かしをしていましたのでもういいでしょう」
なるほど、この人がモニタの向こうのもう一人のL、ワタリさんか。
口ひげの向こうでふぉふぉと笑うのがなんだか絵に描いたように外国紳士だ。
「あ、ああ。そうでしたか。夜神月です、どうも……」
不意打ちな挨拶とか竜崎が気になってとか色々な要素でしどろもどろになった僕に紳士が笑う。
「心配されなくても竜崎は少し眠っているだけです。
普段フル稼働している分時折脳を休めないといけませんので、こうして眠れるように催眠術をかけるのです。
きっかり二十四時間後に解けますので明日のお昼に元に戻るでしょう。
ああ、本部にお戻りになるのでしたら連れて行って貰えませんか?」
「え?ああ、はい。構いませんが……寝かさなくていいんですか?」
首をかしげると、
「もう三時間ばかり寝ておりますからね。じき目覚めるでしょう。
竜崎の場合眠っていなくても脳が休めばそれでいいのです。
最初は驚かれるかもしれませんがすぐ慣れますよ。
本部の皆さんにはあとで差し入れをもって伺いますのでよろしくお伝えください。ではお願いします」
と、謎めいたことを告げて雲がかき消えるようにその場から居なくなった。
面喰っていると部屋の奥から「んんん」とくぐもった声が聞こえる。
さてはもう目覚めたか?と見やれば、ソファの上で丸くなった竜崎がしきりに手の甲で顔をこすっているのが目に映る。
起きたみたいだ。
-3-
ソファに駆け寄ってかがんで覗きこむ。
顔をしきりに擦っている仕草が見なれなくてなんだかとても可愛らしい。
「竜崎?竜崎、起きた?僕だよ」
見た目は硬そうなのに、触ると意外とふわふわしている髪をなでると、びくんと身体を硬直させる。
あれ僕何かしたかなと様子をうかがっていると、顔をこすっていた手を止めてじいいとこちらを見つめてきた。
その無表情さとかまん丸で真っ黒な瞳なんかはいつもと何も変わらないのに、
どうしてか少し違う印象を受けてしまうのは寝起きだからだろうか?
「竜崎?」
警戒心丸出しで毛を逆立てそうな様子はまるで……。
と考えたところで、彼が上体をぐいと伸ばして顔を近づけてくる。
なんだなんだと思う間に、首に鼻を寄せてすんすんとされた。
額をすりすりと頬に擦りつけられ、ついで小さく突き出した舌で鼻の頭をペロっとやられる。
「!ちょっ……竜っ……!」
慌ててひき剥がそうとした彼がソファからぐにゃんと落ちてきて、諸共に床に転がる。
しきりに擦り寄ってくるのに一気に血が沸騰してあらぬところが思い切り反応するのも束の間、
耳元を舐めていた彼の喉がくるくると鳴った後に、
「うにゃん」
と鳴いたのを僕は聞き逃さなかった。
「うわーっ!うわーっ!凄いっすねえ、可愛いなぁ、ちょっとびっくりですよねえ!」
「ちょっと黙ってろ松田……」
騒ぎ立てる松田さんを横にしゃがむ相沢さんが窘める。
その横に模木さんがのっそり座っているが、皆一様に手にはおもちゃを持っている。
完全に猫化した竜崎を抱えて本部へ返り、「催眠状態で」と告げるなりバビュっと松田さんが転がり出て行って十分で返って来た。
おもちゃ持って。
紙袋に入った色とりどりのそれらは見事に猫用で、ネコジャラシやゴムボールや起き上がりこぼし状のネコパンチャー?などだ。
聞けば「僕猫大好きなんですよぅ」と照れながら次々に並べる。
最初は馬鹿にしていたほかの面子だったが、竜崎の反応の良さに夢中になって今は順番待ちをしているという有様だ。
……正直僕は面白くない。
だって、だって物凄く可愛いんだ竜崎のやつ。
こんな顔僕だって見たことが無い!と声を大に叫びたい。
いつもはギョロっと表現するべき漆黒の瞳も、今はクリっというのがぴったりな印象で、
いつも菓子やら唇やらキーボードを弄っている指先は、一心不乱にネズミのおもちゃを追いかけている。
せめてここは良心の塊みたいな父さんが、と願ったのも一瞬の事で、
ふらりと出て行って戻ってきた父さんの手には「流石にこれは違うと思ってな」などと言いながら後ろ手に隠された猫缶と、
でかでかとしたケーキの箱がぶら下がっていた。
-4-
……つまり、捜査本部一同、完全に猫竜崎にメロメロという訳だ。
勿論僕もなんだけど、皆の手前悔しいので顔には出さない。
と言いつつ、両手にネズミラジコンを持っているのはこの際目を瞑ってほしい。
だってこんなに可愛い竜崎とおもちゃで遊ばないなんて馬鹿な選択肢があるか。
ひとしきり遊んだ竜崎は満足したのか、床にころんと仰向けに転がってうにゃうにゃと背中を擦りだす。
ぶかぶかのTシャツの裾が捲れ上がって腹がチラチラ見えるのに
思わずハワワなんて息を飲んでしまったが誰にも聞こえなかった様だ、というか全員息を飲んでいる、最低だ。
「……背中、痒いんですかね」
模木さんが珍しくぼそっと発言すると同時に四方から捜査員+僕の腕ががっと竜崎に伸びる。
竜崎に届くことなく中空でクロスした五本(呆れたことに父さんもだ)の腕がもたもたしている間に、
驚いたのか竜崎がくるんと跳ね起きて毛?を逆立てた。
フウウ!と威嚇音さえ聞こえそうな様子で捜査員を睨み据えながらじりじりと後ずさりする。
怖がらせちゃったかな、なんて松田さんがしょんぼりした声を出していたが、
じりじりと後退してきた竜崎は、あろうことか僕の腕の中にすぽんと収まった。
「……えっ?え? 竜崎、え?」
ぱしぱしと瞬きしていると、
「あーあ、月くんいいなぁ、竜崎すっかり懐いてますよー」
「普段から一緒に居れば心やすいんだろ」
なんて声が四方から。
どういうことだ、竜崎が僕には懐いてるって?
信じられなくて腕の中を凝視すれば、ちらっと此方を眇めた目で流し見て、腕にすりすりしながらくるんと丸まり目を閉じた。
「疲れちゃったんですかね。眠そうだな」
にこにこしながら、松田さんたちが僕の腕の中の竜崎を覗き見ておもちゃを仕舞いだす。
「え、でも今思いっきり竜崎に睨まれた気がするんですが」
慌てる僕に松田さんが
「猫って満足したり好意を表す時って、目をそんな風に細めるんだよ。だから大丈夫、月くんの事好きって意味だから」
なんてとんでもないことを言う。
そのまま松田さんが「可愛いなぁ」と髪を撫でようとしたら、
竜崎は途端に反応して目をかっぴらき、ふんって鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「あーあ、ほら、月くんばっかり〜」
ちぇーと言いながら苦笑する松田さんに、申し訳ないけれど僕は顔がでれっと緩みそうになる。
だってあの竜崎が。
僕なんか観察しかしてなくて興味なんてかけらもなくて、好意も何も持ってないアピール満々の竜崎が。
少なくとも本部の中では、僕にだけ懐いて僕の腕の中で眠ろうとするなんて。
どうしよう、凄く可愛いじゃないか。
-5-
それからしばらく仕事をしてみたけれど、竜崎が足元をちょろちょろしたり膝に乗ってきたり、
首に顔を埋めてきたり耳を舐めたりするもんだから全く集中できずに切りあげることにした。
大体彼がここの司令塔なので、彼が機能していない以上進展も望めない。
全員一致で、今日はもう解散しようという事になった。
「明日の昼には戻ってるんだ?残念だなぁ可愛いのに」
「ずっとこうでも困るだろ、進まないぞ」
「そうですけどね。……じゃぁまぁ、竜崎と月くん、また明日!」
竜崎を囲んで解散を口にする面々は、等しく今日の猫竜崎を惜しんでいる。
「ほら、みなさん帰るよ。竜崎ちゃんと挨拶しろよ」
自分と同じ(より若干軽いだけの)竜崎を抱えて皆の方を向かせると、
ばたばたと手足を振って嫌がった後、ぐるっと身体を捩じって僕の首にぎゅうとしがみつく。
「あーあ、いいなぁ、月くん」
「……は、はは……」
竜崎が可愛すぎて勃った、などとは口が裂けても言えない僕は、
必死で取り繕った笑顔を浮かべ、竜崎の代わりに手を振って皆を送り出す。
腕の中で竜崎が「……カフ」と可愛らしく欠伸をする。
今日はとんでもなくいい一日だったなぁ、なんて噛みしめながら、
歩こうとしない竜崎を寝かすべくいつも使っている寝室へ彼を抱えて歩く。
うにうにとやたら顔を擦る竜崎をベッドに寝かせて毛布をかけ、
捗らなかった分をやってしまおうと仕事に戻ろうとしたけれど、
彼の細くて白い腕がしっかり僕に絡みついていて取れなかったので、仕方なく僕も毛布に潜り込む。
いつもそっぽを向いてばかりで此方を向いてもくれない彼の身体が、
僕の身体にぎゅうぎゅう巻きついて離すまいとしている。
それがお気に入りなのか、今日何度もしたように肩口に顔を擦りつけて眠そうに目を細めている。
可愛くて仕方なくて、
「大丈夫だよ、竜崎。ここに居るから。ずっとこうしてるから」
言って、ぎゅっとしてやるとまたすうっと目を細めて此方を見やり、それからトロンと目を閉じた。
「……おはようございます、月くん」
翌昼過ぎ、珍しく赤面した竜崎の不貞腐れた声で目が覚めた。
言葉通りしっかり抱きしめて離さなかった僕の腕の中で、窮屈そうに、けれどじっとしたまま此方を睨んでいた。
「どうしてこうなったか解りませんが……」
ああ、殴られるのかな、蹴られるのかな、なんて思いながらもニヤケが止まらない僕の耳に、唇を尖らせた竜崎の声が
「……とても、温かかったです……」
と至極不本意そうにつぶやいたのが届き、僕はますます有頂天になる。
猫な竜崎もとっても可愛かったし、これからも偶には見たいと思うけれど。
「猫にはこんなこと出来ないよね」
と言いつつシャツの中に手を滑らせる。
素っ頓狂な悲鳴を上げる彼に二十四時間ぶりの強烈な蹴りをくらいつつ、
けれど満足気に笑ってしまう僕はやはり彼に夢中で。
どんな彼でもいいから、これからもずっと一緒に居られますように、
なんて、僕らしくもなく神様とやらに祈ってみた昼下がりだった。
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ヒプノアニマル L end